【裏方で活躍する元選手】「いつもは広報として自分が発信する立場なので。やっぱり自分の取材は…恥ずかしいですね」

 照れ笑いを浮かべこう話すのがロッテでチーム広報兼打撃投手を務める手嶌智さん(36)だ。

 千葉・拓大紅陵から社会人の新日本石油を経て、2004年ドラフト自由枠でロッテ入団。プロ入り当初は185センチという長身を生かした本格派即戦力右腕としてチーム内外から期待された。

 だが、プロでは大成せず、一軍登板は1年目の05年6月に先発した日本ハム戦のみ。その後は故障もあり09年に戦力外に。翌年から打撃投手として裏方人生を歩み始め、11年からは広報兼務でチームを支え続けている。

「現役最後の年はシーズン途中から『今季で終わりかな』という気持ちだったので、裏方に回ることは気にならなかった。ただ、実際に仕事をすると大変で。始めた直後は苦労しましたよ」

 最初の壁は先輩打者への「気配り」だった。

「僕は投手ですし、現役時代は二軍生活が大半だったので、一軍の先輩打者と絡むことがあまりなかった。でも、打撃投手になった瞬間から毎日先輩打者に投げないといけない。ボールを当ててケガもさせられない。投げるたびに緊張しました。その中でも特に気を使ったのは当時チームの主力だったサブローさんや里崎さん。練習でも打席に立つと独特の空気がありました」

 息が抜けない日々を送った翌年、新たな重責を担う。それが「広報業務」だった。

「最初に球団から言われた時は『えっ、僕が?』という感じで、言葉が出ませんでした。それまで野球しかしてませんし、広報の仕事自体をよく知らなかったので。しかも実際に仕事をやってみると、選手のコメント取りや報道陣の取材対応などで周囲にお願いすることばかり。これが精神的につらくて。正直、その後3年ぐらいはメンタルがキツかったです」

 それでも自分なりに努力した手嶌さん。今では仕事にも慣れ、試合前から打撃投手と広報業務を手際よくこなす。報道陣から取材要請があれば、絶妙なタイミングで選手に接触。チームとメディアの橋渡し役として欠かせない存在になっている。

「少しでも多くの方にチーム、選手を知ってもらいたい。今後もマリーンズの話題をいろいろな形で発信できるよう頑張りたい」

 二足のわらじを履く黒子は今日もチームのためにグラウンドを奔走する。