巨人の新監督に就任した松井秀喜氏(52=ヤンキースGM付特別アドバイザー)が23日に、都内で行われた記者会見に臨んだ。松井新監督の契約年数は3年で、背番号は「90」に決まったことも併せて発表された。
松井氏は紺のスーツにストライプ柄のシャツ、ドット柄のネクタイの装いで登場。表情は清々しかった。壇上に立つと「私は、ジャイアンツで高校を卒業してから10年間プレーしました。その間、長嶋茂雄監督の下、指導をいただき、自分なりに頑張り、成長してきたつもりです。今日ここに来る時に、今から24年前、自らの意思でジャイアンツを去る時のことを思い出していました。あの日は全く笑顔を出すことができませんでしたが、今日は満面の笑みで自分の故郷に戻ってきたつもりです」と穏やかにあいさつした。
松井氏といえば巨人時代に背負った番号「55」のイメージが強い。会見では、監督として「90」を背負う3つの理由を語った。
背番号「90」は長嶋さんが現役引退直後、選手から監督に就任した際に付けた番号。松井氏は「第1次長嶋監督時代ですね。6年間日本一が取られていないと思います。おそらく選手、長嶋茂雄がいない巨人軍が大変苦労された。また、その反面、大きな情熱で若い選手たちと向き合った。私もその気持ちをもちろん引き継いでいきたいというのは一番です」と思いを馳せた。
さらに「長嶋監督は昨年89歳で亡くなられました。今年90歳になります。その年に90番をつける。それも1つの意味です」と2つ目の理由も告白。
加えて、「私の現役時代の番号は五十五番でありました。私の中では55番をつけてしまうと自分自身も、当時を知るジャイアンツファンの皆様も、昔のノスタルジーに引っ張っちゃうというかね。そうなってしまうんじゃないかなという気持ちがありました」とした上で、「私、実は現役最後の年、アメリカで35番をつけてたんですけど、(巨人時代の55と)足すと90になる」と不思議な巡り合わせを語り、「これから新たなスタートを切ると、90番が一番ふさわしいのかという気持ちで、そのいくつかの要素で選ばせていただきました」と力を込めた。
松井氏は星稜高から1992年のドラフト1位で巨人入り。日本を代表する4番打者へと成長すると、巨人で10年間プレーした後に2002年オフにメジャー挑戦を決断。翌年からヤンキースの主軸を務め、09年にはワールドシリーズMVPにも輝いた。日米通算で2504試合に出場し507本塁打、1649打点、打率2割9分3厘と圧倒的な記録も残した。











