昨季限りで12年間の現役生活に別れを告げた元ソフトバンク、DeNAの森唯斗氏(34)が、引退後の生活や古巣への思いを語った。ホークスでは7年連続50試合以上に登板し、2018年には守護神として日本一の胴上げ投手となった。今は福岡で家族との時間を大切にしながら、野球解説にも挑戦。黄金期を支えた右腕に、現役生活の思い出、今季のホークス、そして自身のこれからを聞いた。
引退後に始めた野球解説で、森氏は球場を上から見渡すことで現役時代には気づかなかった選手の動きも見えるようになった。「毎日毎日が新鮮。野球人生にとってものすごくプラスになっている」。中継ぎ、抑え、先発を経験しても「僕は投げることが好き」。現役生活を振り返ってたどり着いた思いだ。
徳島で育ち、小学1年から野球一筋。小学6年時には「こども野球のつどい」で優勝し、決勝で後のオリックスの“ラオウ”杉本裕太郎と対戦した。「小学校の時からライバル意識してたんで。プロ野球で勝負できるのも楽しかった」。徳島・海部高から三菱自動車倉敷オーシャンズへ進み、先輩の田原誠次投手が巨人からドラフト7位指名を受けたことで自身もプロを意識。2013年にドラフト2位でソフトバンク入りした。
1年目から58試合に登板し、7年連続50試合以上を記録。18年には37セーブで最多セーブに輝いた。大きな影響を受けたのが摂津正とデニス・サファテだ。特にサファテは「本当に頼れる兄貴」として、一緒に練習もした。「野球に取り組む姿勢は人一倍。日本人以上にやっていた」。18年に絶対的守護神だったサファテが離脱すると、その座を引き継いだ。「重圧は特になかった。やってやろうという気持ちの方が大きかった」。日本シリーズでは日本一の胴上げ投手となり、「やっと終わったな」と安堵した瞬間が現役生活で最もうれしかった。
当時の工藤公康監督には「感謝しかない」。「ダメな時も抑えでずっと使ってくれたし、すごい我慢したんだろうなと思う」。調子を落としても守護神を託してくれた指揮官への思いは深い。
23年オフにソフトバンクを退団し、DeNAへ。家族を福岡に残して単身生活を送り、「拾ってもらって、やり切ろうと思った」。結果を残せなかった自身に引退セレモニーまで用意してくれた球団にも感謝する。
引退後に熱を上げているのがゴルフだ。週1回以上プレーすることもあり、アマチュア大会にも出場。ベストスコアは驚異の70。昨年9月の横須賀スタジアムでの引退登板には、親交のあるボートレーサーの西山貴浩らも駆けつけた。「まさか来てくれると思わなかった。本当にうれしいし、次はグランプリ優勝戦に乗る時に僕が応援に行きたい」。今度は森が声援を送る番だ。
引退後も福岡で暮らす。「めちゃくちゃ住みやすい。交通の便もいいし、ご飯もおいしい。人も温かい」。家族との時間も増え、料理も始めた。プロ生活の大半を過ごした街が生活の拠点だ。
リーグ3連覇を達成した古巣については、救援陣の働きを高く評価する。終盤の杉山、松本裕を盤石とし、そこまでつなぐ津森、鈴木豪らの奮闘をたたえ、「前半戦は木村光も頑張っていた」。成長株には上茶谷を挙げ、「ロングでも頑張ってたから今の先発がある。腐らずやってて良かったと思う」。日本一になるためのキーマンには4番・栗原を指名し、「栗原選手が打てばチームも乗っていきます」と期待する。
今は「基本的に家族のこと優先」だが、将来は指導者も選択肢の一つ。「タイミングもあると思う。今まで野球で育ってきてるんで、野球関係では恩返ししたい」。ファンには「いろんなことに挑戦しようかなと思ってるんで、また温かい目で見ていただければ」と呼びかける。家族との時間を大切にしながら、指導者を含めた今後の可能性にも目を向けている。















