新都知事に小池百合子元防衛相(64)が決まった。都知事選では当選した小池氏、次点の増田寛也氏(64)、3位の鳥越俊太郎氏(76)の3人以外の候補者は有効投票数の665万票の10分の1に達せず、供託金300万円は没収となった。本紙週末政治対談でおなじみのジャーナリスト・上杉隆氏(48)は惜しくも4位だった。
キラリと光った候補者は2007年の都知事選でもいた。世界的建築家の黒川紀章氏(享年73)だ。「一つの建築物だけでなく、世界の街づくり全体の設計などを受ければ設計料だけで3000億円」といわれた。今年、モメた末に変更となった新国立競技場の設計者ザハ・ハディド氏のデザイン料が15億円だったから、黒川氏のスケールの大きさが分かる。
黒川氏は突如、都知事選への出馬を表明し、続く同年7月の参院選まで出馬。この間の担当記者としてそばにいたが、そのセレブぶり、奇想天外な人柄には驚かされることばかりだった。
「都知事選だけじゃなくて、その後の参院選、衆院選まで見据え、新たにつくった共生新党の運営を含めて100億円の自己資金を用意している」(関係者)
世界を股にかけ、街全体をつくってきた黒川氏だけに東大大学院入学から住む東京全体のデザインを手がけるという壮大な夢があった。公約に「東京に水路を復活させる」などの一文を入れた。黒川氏が都知事になっていれば、将来はイタリア・ベネチアのような水都・東京に向かっていたかもしれない。2020年東京五輪も奇抜な発想になっていたかもしれない。
「副知事はビートたけしにする」
「ボクの身長は164センチ。ナポレオンと同じ。だから革命ができるの」
「(師匠の丹下健三氏設計の)都庁は売却する」
「ロシアには亡命しようと思ったことがある」
「投票日、ボクはパリだな」
ひょうひょうと語り、こちらがビックリするのを楽しむ人だった。報道陣が反応すると、いたずらっ子のようにニッコリするような人だった。
都知事選は4位(供託金没収)で落選。7月の参院選には、黒川氏は東京選挙区、妻で女優の若尾文子(82)を自らが党首を務める共生新党の比例代表候補として擁立した。結果は0議席の完敗だった。黒川氏本人は「次の衆院選で当選すればいい」と先を見据えたが、対照的に若尾が「蟷螂(とうろう)の斧(弱小のものが自分の力量もわきまえず、強敵に向かうの意)だと思います」と語ったのが気にかかった。
その後、黒川氏の訃報に接したのは10月12日だった。「やっぱり」と思った。死期を悟ったうえでの政治活動だったことが分かったからだ。
都知事選出馬を決めた黒川さんが、実はその約1年前にがんの摘出手術を受けていたのを関係者から聞いた。都知事選前にその姿を見たとき、メディアに登場していた黒川氏とは違ってかなりやせているな、と感じた。ただ、選挙戦ではそんな体のことを忘れるかのように元気だった。
参院選最中の浅草のそば店で、今後のことを聞いて返ってきたキーワードは「ホップ、ステップ、ジャンプだよ」という言葉だった。報道陣はみな都知事選、参院選、衆院選と捉えたが、衆院選での出馬は実現せず、今思えば「ジャンプ」は「格好良く、この世を去る」という意思表明だったように思えてならない。
選挙では様々な思想・発想の候補者が出てくる。簡単に泡沫候補と耳をふさぐのではなく、夢を持って耳を傾けてみるのも楽しいものだ。
(文化部副部長・延 一臣)
都知事選で思い出す奇才・故黒川紀章氏
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