1997年岸和田ダービー、2001年花月園全日本選抜のGⅠ2勝。浜口高彰(52、岐阜=59期)が25~27日の松阪FⅠでラストランを迎える。1987年5月デビューからの32年半。笑顔と戦いの日々が終わる。
浜口の特徴はなんといっても笑顔だ。取材に行くといつも「ハハハハ!」と、楽しそうに答えてくれた。ただし、検車場でのことなので、その乾いた笑い声は常に緊張感があった。お子さんが大学を卒業するという機会で引退を考えていたそうだが、異様な競輪愛を持つ浜口――、70歳まで走ると信じていた。
競輪に関することならすべてに詳しい。開催中に落車など事故があった時、よく「浜口審判長に聞いてみよう!」と解説を伺いに行った。非常に簡潔に「あそこでこうだから、こうでしょうね。ハハハハ」と答えてくれた。GⅠ出場の選考期間などはもちろん、その条件、また他の選手の状況、近況の走りなど、本当によく知っていた。
「ハハハハ、いや、普通のことでしょ」
と言われたものだが、知っていること、それを身に付けることの大事さを知っていたと思う。今年どこだったか、「浜口さんが優勝した岸和田ダービーのビデオがあって見たんですけど、あのころの競輪もすごいですよね」と声をかけると「あのころも1周22秒台とかで走っていたんですよ」。何かを思い出すかのように、笑い、それでいて力強く答えてくれた。辞めるなどとは思えなかった。
競輪が浜口の血と肉だった。
22日に行われた「KEIRINグランプリ2020」の前夜祭で守沢太志(35、秋田=96期)が「賞金の使い道」を聞かれた時、ロードレーサーとカバン、と答えていた。ロードレーサーに関しては「以前、ロードをやっていて、その時はいいのに乗っていたが今は安いのに乗っている。最上のものを」と話した。カバン? オシャレな風貌だけに、何かカバンのいいものがあるのかと思いきや、「妻にカバンを買ってあげたい」ということだった。
2017年武雄の共同通信社杯で決勝に乗った守沢は、失格という結果に終わった。帰りの特急に乗ろうと思い、武雄温泉駅に到着。ホームへ行くと、守沢がすらっとした女性と赤ん坊と一緒にいた。「ああ、どうも。また頑張ってね」みたいな話をして、またその後の開催で一緒になった。
奥さんとお子さんだったとは分かるわけで、再び取材する時に「レースはよく見に来ているんですか」と聞くと、「何回か、ですね」という答えだった。佐賀県まで応援にしてくれた愛妻と赤ん坊の前で、失格に終わってしまった思いとは…想像もし難い。
笑顔で「いや、せっかく見に来てくれたのに失格で」と頭をかいていたが、苦しかったと思う。そして、その帰り道にサイフだったか携帯電話だったかを紛失した話をしてくれたと記憶する。キャッキャと笑っていた。
浜口も守沢も普段はとにかく笑顔。そしてレースでは、鬼になる。浜口引退の報に接し、にわかにグランプリの守沢が気になってきた。守沢の、何かいつもとは違う笑顔を見てみたいと思った。
☆前田睦生(まえだ・むつお) 九州男児。ヘアスタイルは丸刈り、衣装は吊るしのスーツで全国各地の競輪場の検車場を闊歩している。日頃の不摂生を休日の多摩川土手ランニングでなんとかしようとしている姿の目撃情報多数。






