11年前のことなのに、いまだに知人から「カッパ」と呼ばれることがある。からかわれているのだが、その場に「電波少年」を知らない世代がいると、そこからかなりの説明を要する。酒場だと、ほろ苦い思い出も語るハメになる。
2002年10月24日付本紙1面に「カッパ発見」の見出しとともに、読者の投稿写真が大きく掲載された。同月中旬、編集局に届いた写真を見たデスクから「面白いから、行け!」との指令を受け、撮影場所の岩手・遠野市で4日間、現地取材を担当した。新聞を見た各メディアの知人から驚きの電話が相次いだが、なんだかひとごとのようだった。UFO、人面魚など衝撃記事で知られる本紙だが、このカッパ報道は“スジ”が違ったからだ。
写真の撮影場所の川に到着してすぐに感じたのは“大人の影”。小学校の運動場から丸見えで、小学生間での話題を狙っているのがありあり。地元ケーブルテレビ局は夕方のニュース番組で「カッパ目撃情報を追跡」と報じ、地元では「誰かがカッパに扮しているのでは」と有名な話になっていた。ただ、カッパ伝説が語り継がれる遠野の大人は「カッパ様」とあがめ悪く言う人はいない。
前出ケーブル局は「カッパを生け捕りにしたら1000万円」と懸賞金をかけ、ホームページでは市内の名所「カッパ淵」のライブ中継をするなど盛り上がっていた。
そして同年11月12日、記者の携帯電話が鳴り、「電波少年のTです」と聞き覚えのある声が…。数々のアポなし企画で人気の番組「進め!電波少年」(日本テレビ=当時の番組名は「電波少年に毛が生えた」)のTプロデューサーだった(電話のやりとりは、後に無断で番組で放送されたが…)。さっそく日テレに向かい、T氏の説明を聞いた。
「伝説のある遠野で『カッパが出た』となれば夢があっていいという企画で、顔がカッパっぽいお笑い芸人・モンモン(29=当時)に3か月間やらせようとなった。地元ケーブルテレビは取り上げてくれたが、新聞や地上波テレビが取り上げてくれないので、東スポさんならノッてくれそうと思い、ADが撮影した写真と小学生風の目撃証言を匿名で送付しました」
この騒動は「カッパねつ造」として他局に報じられ、同時期に同番組は民主党・鳩山由紀夫代表(当時)の講演会にコーラス隊を送り込んだ企画も問題視され、翌年1月、約11年の長い歴史に幕を閉じることになる。
今だから明かせる話として、一連の騒動で記者が最も驚いたのは、本紙が「やらせカッパはこいつだ!」とその正体を報じた日のT氏からの電話だった。
「ふざけんじゃねーぞ! この野郎!」。3秒ほど置いて「っという気持ちです」。東スポに謝罪したつもりはなかったのに、紙面に「ダマされたというのなら申し訳ない」と書かれたことが気に入らなかったらしい。とはいえ、仰天啖呵(たんか)の後の口調はテレビで見ていたあの冷徹なTプロデューサーだった。つくづく「人を驚かせる天才だなぁ~」と妙に納得したのを鮮明に覚えている。
(文化部デスク・延 一臣)
