大学受験シーズンとなる2月、早稲田大学周辺の飲食店は閑古鳥が鳴くところだが、今年はある店に連日大行列ができ、多くのメディアをはじめ、大学公式サイトでも取り上げられた。

 高田馬場を皮切りに早大正門横、西早稲田と場所を移しながらも34年にわたって、早大生や地元住民の胃袋を満たしてきた洋食屋キッチン「エルム」がのれんを下ろすと決めたからだ。

 看板メニューはピラフとミートソース・スパゲティが一つの皿に乗った「ピラフミート」(550円、通称ピラミ)と、スパゲティを卵やベーコン、ピーマンなどと塩で炒めた「カルボナーラ」(480円、通称カルボ)。ともに大盛り(100円増し)にすると量が倍近くになり、ほかにもドライカレーやオムライスなどがあるが、客の9割方はこのピラミかカルボを注文していたと記憶している。

 というのは、私も約20年前の学生時代に“エルム中毒”になった一人で、閉店を聞き、慌てて再訪した。店には日本全国からOB・OGが押し寄せており、いかにエルムが愛されていたかを見せつけられたものだ。

 エルムの魅力は、単に安くて腹いっぱい食べられるピラミやカルボだけではない。店を一人で切り盛りしていた「エルムおやじ」こと店主・山口さんの存在だ。

 同店では複数人で訪れた場合、別々にメニューを頼むと拒否されるのがお約束。どんなに食い下がってもオヤジさんは鍋を振るいながら「時間かかっちゃう」「疲れちゃうから」と怒り、愚痴やボヤキも止まることはなかった。

 ネット口コミが全盛の今なら、すぐに炎上モノで、当時も相当数の早大生が強烈な洗礼を浴び、二度と足を運ばなかった人もいただろう。ただ、毒々しいながらも時折、ちゃめっ気もあるオヤジさん見たさに、“エルム信者”は増え続けていたともいえる。

 寡黙で多くの謎に包まれていたオヤジさんだったが、取材を申し込んだところ、気さくに応じてくれた。集団就職で東北から上京後、いくつもの店を渡り歩き、高田馬場で独立した話から始まり、秘伝のタレ、さらに唯一の趣味という競馬談議までとどまることはなかった。

 中でもオヤジさんの自慢は、34年の間に消費税導入や食材・光熱費の度重なる値上げがありながら、価格は開店以来、据え置いたままだったことだ。

「とにかく値段は抑えたままにしたかった。だから人も雇わなかった。その分、同じメニューにしてもらったり、皿をカウンターに上げてもらったりで、ワガママを言い続けてきた。あと値段は同じままだけど、味はどんどんうまくなっていたからね」

「変わり者」や「ドケチ」とも言われていたオヤジさんだが、その姿勢はあくまで学生に寄り添ったものだったとは頭の下がる思いだった。

 早大生といえば、型破りな気風、雑草魂なんて言われたのはとうの昔だが、偏屈に見えたオヤジさんこそが“バンカラ”そのものだったのではないかと。個性がなくなったと言われて久しい早大生は、絶滅危惧種とも言われるバンカラをオヤジさんの背中に見ていたのではないか。

 ふとそんな感傷に浸りながら、店を後にしようとしたら「食べ終わったら、お皿はカウンターに上げてね」と最後の最後まで、オヤジさんに怒られる始末だった。

(文化部デスク・小林宏隆)