先日千秋楽を迎えた大相撲秋場所は横綱日馬富士(33=伊勢ヶ浜)が大関豪栄道(31=境川)を本割、優勝決定戦で下し、逆転で9度目の賜杯を手にした。一時は豪栄道と星2つの差があり、今場所は金星を4個も配給。11勝4敗の優勝は1996年11月の九州場所の武蔵丸以来という低レベルだったが、3横綱2大関が休場という緊急事態の中で一人横綱の責任を果たしたことは評価されるべきだろう。
もちろん、親方衆から見れば11勝4敗という成績は不満が残るかもしれない。勝率8割を切る優勝に価値を見いださないファンもいるだろう。96年の時は5人による優勝決定戦で、武蔵丸、曙、若乃花、貴ノ浪、魁皇と豪華な顔ぶれ。それでも当時は低レベルと言われた。平幕との対戦が多かった今回の日馬富士の優勝に異論が出るのも無理はない。
だが、現場の力士たちの感覚は全く違う。1997年初場所から相撲担当になった私にとって、相撲を勉強するうえで頼もしい存在だったのが当時二子山部屋の中堅だった貴闘力だった。普通の関取は本場所で自分の相撲が終われば身支度を整えてさっさと引き揚げていくが、貴闘力は結びの一番まで支度部屋に残り、他の関取の相撲を独自の視点でいろいろ解説してくれた。新米相撲担当記者にとって、これは貴重な「講義」だった。
そんなある日、貴闘力との会話の中で96年の優勝決定戦の話題になった。そこで出てきた話は実に興味深いものだった。
「あの場所はウチの横綱(貴乃花)が休場して、みんなに優勝のチャンスがあった。それで星を潰し合って、優勝ラインが4敗まで落ちた。レベルの問題を言っていた人が多かったけど、俺はそう思わない。だって幕内の優勝だよ。全勝も4敗も、優勝は優勝。だから優勝した武蔵丸はすごい。強くなければ3敗だろうが4敗だろうが優勝なんてできないんだから」
貴闘力は94年3月の春場所で12勝3敗の好成績で曙、貴ノ浪とのともえ戦による優勝決定戦に進出している。そこで惜しくも初優勝を逃しただけに、言葉には重みがあった。私は4敗での優勝を勝手に「低レベル」と決めつけてしまっていたが、貴闘力は「そう思うのは仕方ない。数字は目に見えるものだから」と言った後に、こう付け加えた。
「11勝なら俺だって挙げたことがある。でも12勝でも優勝はできなかった。4敗でも5敗でもいいから、俺だって優勝したいよ。そう思っているのは俺だけじゃない」
そんな会話からしばらくたった2000年3月の春場所で奇跡は起きた。幕尻まで番付を下げていた貴闘力は、初日から12連勝。13、14日目に急きょ武蔵丸、曙の両横綱との対戦が組まれていずれも敗れたが、千秋楽で勝って13勝2敗で初優勝を果たした。
今は相撲界から去った貴闘力だが、改めて優勝することの難しさを教えてくれた。それだけに、苦境を乗り越えてつかんだ今回の日馬富士の優勝にも心からの拍手を送りたい。
(運動部デスク・瀬谷宏)
