アジアカップ優勝はならなかったが、サッカー日本代表・森保一監督の采配は見事だったと思う。
日本代表は1992年ごろから取材していた。当時の日本代表といえば、やはりカズ(三浦知良)やラモス瑠偉らスター選手があまたいる中で、森保は最も地味な選手の一人だった。ありきたりなことしか言わないし、感情も表に出さない。あまり印象に残った言葉はない。
黙々とトレーニングを続け、試合ではひたすら走って、相手の攻撃の芽を摘む。「ボランチ」というポジションが脚光を浴びたのは森保のおかげで、オフトジャパンの象徴的な存在だった。とはいえ、92年のアジアアカップ初優勝時でも取材しているはずなのだが、ほとんど記憶がない。
そんな森保と初めて一対一で話したのが、93年ドーハの悲劇の直後、所属する広島での練習後のことだったと思う。W杯予選敗退について、聞いてみると、表情は一変し怒ったような口調で話しだしたのだ。
「今でも本当に悔しい。でも、絶対にこのままじゃ終わりませんよ。だから見ていてください。絶対にこの借りは返しますから!」
火を吹くような熱い口調に、びっくりして言葉を失った。そして、日本代表でもっとしっかり取材しておくべき選手だった――と後悔したものである。
あれから、もう25年。試合中に熱くならず、ワンプレーごとに淡々とメモを取る姿は、森保監督らしいと思う。しかし、内に秘めたものすごい闘志を感じるのだ。残念ながら選手としてW杯出場はならなかったが「このままでは終わらない!」という言葉を信じ、3年後のW杯出場と、W杯での素晴らしい采配を期待したい。
(編集顧問・原口典彰)
