アスリートがファンからだけでなく、身内やチームメートから慕われるために必要なものとは、いったい何だろう。他を圧倒する抜群のパフォーマンスを見せるというのもあるだろうし、期待されている場面で活躍する勝負強さだったりするだろう。だが、そこにいき着くにはコミュニケーション能力にたけていることが絶対条件。やはり、人を感動させ、尊敬される選手というのは、そこから発信される「言葉」に力がある。

 アジアカップ決勝の前日に行われた公式会見で、日本代表主将のDF吉田麻也(30=サウサンプトン)は「この試合が全世界で放映されるのなら、試合の後に愚かなことは見たくない。アジアを代表している国として、アジアのサッカーを代表していいサッカーをすることが大事」と語った。

 決勝戦の相手・カタールと開催国・UAEの間にあるデリケートな政治的問題が取りざたされ、選手としては答えにくい質問だったが、吉田はこれら全てを英語で答えた。毅然とした振る舞いはイングランド・プレミアリーグでのプレーで培われたものだろうが、話し終えるとメディアから自然と拍手が起こったという。日本語ではなく英語だったことが、海外のメディアにダイレクトに訴えることができたのだろう。

 アスリートには「言葉の壁」が常について回る。サッカーや野球のように、チームスポーツであればその重みは増す。吉田の会見の様子を伝え聞き、2000年代にオランダなどで活躍した元日本代表MF小野伸二(39=札幌)のことを思い出した。

 J1浦和からオランダの名門フェイエノールトに移籍した小野だが、日本の至宝といえども最初は苦労するかと思われた。当時、浦和の強化部長を務めていた中村修三氏も「いくら伸二が天才でも、オランダは甘くない」と話していたほど。それは小野のプレーがどうかというのではなく、コミュニケーションの部分。オランダ語はドイツ語と似ていると言われるが、細かな発音などがまったく違い「習得するのが難しい」とされる。そのため、オランダでプレーする外国人選手の多くは英語でコミュニケーションを取り、チームに順応していった。

 だが、小野はあっという間にオランダ語をマスターした。恐らく1年もかかっていないはず。テレビのインタビューも流ちょうなオランダ語で答え、監督とのやりとりもスムーズにいった。審判とコミュニケーションを取るため「その国の言葉が話せないとなれない」というゲーム主将にも任命された。プレー同様、言語習得能力も天才だった。

 当然、チームメートからも尊敬された。オランダ代表の「問題児」と呼ばれたFWロビン・ファンペルシーは小野の言うことなら素直に聞いたという。韓国代表で、小野の後にフェイエノールトに加入したDF宋鐘国は、小野と同い年だったが「先生」と呼んでいた。チームの重鎮だったFWピエール・ファンホーイドンクはFK、PKを全て自分で蹴る「王様」だったが、小野のほうが確実に決められそうな場面ではチャンスを譲った。

 ある時、小野に聞いたことがある。

「どうしてそんなに簡単に言葉を覚えられるの」

 すると、涼しい顔でこう答えた。

「そんなに難しいことですか? 好きなサッカーをするために必要だからと言いたいところですが、正直なところはそんなことではなくて、単にみんなといろいろな話をしたいからなんですよ。みんな、どんなこと考えているんだろうって」

 この男は、やはり天才だ。

(運動部デスク・瀬谷宏)