1995年の地下鉄サリン事件など未曾有の大騒動となった一連のオウム真理教事件では、特異なキャラクターの弁護士が現れて混乱した。
教祖・麻原彰晃こと松本智津夫容疑者(40=当時)が5月16日に逮捕された後、翌6月に私選弁護人となった横山昭二弁護士(67=当時)だ。
見るからにおじいちゃん然とした風貌や、報道陣にもみくちゃにされながら発した「もう、やめて〜」「バカモン!」などのやりとりを覚えている読者もいるだろう。「めちゃ×2イケてるっ!!」(フジテレビ系)でナインティナイン岡村隆史などが横山氏に扮してパロディーにしたり、重大事件の弁護士としては異例のブレークをした。
大阪弁護士会に所属していた横山氏は知人を通じてオウム側と会い、松本容疑者の弁護人を買って出たとされるが、その後、同年12月に解任されるまでの半年間は報道陣も文字通り、振り回された。
一連の事件では、東京・南青山の東京総本部、山梨・上九一色村、静岡・富士宮総本部などの張り込み、追跡取材、起訴後の裁判関連の取材も同僚記者と総出で当たった。それに加え、横山氏の登場後は新たに“横山番記者”も必要となった。
東京・荻窪にあった横山氏の事務所兼自宅前で待ち、同氏が出かければ、多い時は50人の報道陣が追いかけた。
「警視庁本部に勾留されていた松本容疑者と接見ができた唯一の弁護士でしたから、容疑者の主張や弁護方針など、報道各社ともそのひと言を取材するのは重要だった」とテレビ関係者。
横山氏の移動に伴い、地下鉄に同乗したことがある。周囲の利用客が驚く中、座席に座った横山氏の周囲を20人ほどの報道陣が取り囲んだ。後のバラエティー番組では「大勢の報道陣による高齢者いじめ」の要素でパロディー化されたが、その場にいた者としては、全く違うと言える。
とにかく狡猾(こうかつ)だった。守秘義務があるとはいえ、こちらが聞きたいことには「耳が聞こえない」と言ってみたり、意味不明の笑顔をつくってみたり。核心はほとんど語らず、立ち止まって、落ち着いてやりとりする場面を報道陣に一切与えてくれなかった。
そうなると報道陣もアノ手コノ手で聞き出そうとする。そのやりとりがヒートアップして、あの決めゼリフ「もう、やめて〜」が出た。去り際に「バ〜カ」と横山氏に言われて取材が終わる漫画のような日が何度もあった。
同年10月、松本被告の初公判の前日、横山氏は突如解任され、公判は延期となった。横山氏は公判引き延ばし作戦を否定したが、その後、再任されたことを考えると、オウム側と横山氏の“工作”が疑われた。
結局、松本被告の弁護団は国選弁護人で構成され、初公判は半年後に行われたが、横山氏は最後まで「松本被告は必ず主任弁護士には私を選ぶ」と豪語していた。
95年10月、オウム信者が運転する車に横山氏が同乗中、交通事故を起こし、横山氏は入院。同年12月に再解任された。同月、週刊誌に松本被告の供述調書が掲載された件で、横山氏は家宅捜索を受け、翌年6月、この調書の横流しや、別件の債務整理預託金の返還訴訟を起こされたことなどが問題視され、大阪弁護士会が除名処分とし、横山氏は廃業した。
その後は趣味の歴史研究などで余生を過ごした後、2007年に79歳で死去したとされる。
おとぼけ、狡猾、おちゃめで日本中が注目した横山氏。オウム事件は許せるものではないが、今になって思えば「のれんに腕押し」「ぬかに釘」も弁護士としての戦術だったのかもしれない。
(文化部副部長・延 一臣)
「もう、やめて〜」オウム横山弁護士 あの“狡猾”さは本物
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