今年3月24日、サッカー界は悲しみに暮れた。1974年西ドイツW杯でオランダを準優勝に導いたヨハン・クライフが68歳でこの世を去った。全員攻撃、全員守備の「トータルフットボール」を提唱し、現代サッカーの礎を構築。「フライング・ダッチマン」と呼ばれた華麗なテクニックは当時だけでなく、彼の引退後もそのスタイルに憧れる選手が絶えなかった。

 その象徴といえるのが「背番号14」。もともとは9番を着用していたクライフだが、ある時、アヤックスのチームメートのユニホームがなく、自分の9番のユニホームを手渡し、代わりに14番のユニホームを着たのが始まりと言われている。当時はスタメンの選手は1〜11番の通し番号をつけることが義務付けられていただけに、クライフの「14番」は偶然の産物といっていい。

 その後、背番号の自由化が進むと、世界各国で14番をつけたがる選手が続出。フランス代表のエースとして活躍したFWティエリ・アンリはアーセナル時代、14番をつけ続けた。現代でもバイエルン・ミュンヘンMFシャビアロンソは14番へのこだわりが強く、レアル・マドリードから移籍した初年度こそ3番だったが、今季から14番に〝復帰〟した。

 世界の選手が憧れ、尊敬の念を抱く番号。日本で背番号14といえばJ1川崎の大黒柱となっているMF中村憲剛だろう。川崎だけでなく、日本代表でも14番を背負って2010年南アフリカW杯に出場。「意外と他に競合する選手がいなかったから、代表でも14番をつけさせてもらえたんだよね。こだわりのある番号だから、それでW杯に出られたのはよかった」と日本の14番を世界にアピールした。

 やはり、この男もクライフへの憧れから14番を「マイナンバー」にしたのか?

「いや、全然違う。俺、いろんなところでも言ってるんだけど、クライフとかあまり関係ないから」

 予想外の答えに驚かされたが、14番を好む「本当の理由」を聞かされてさらに驚いた。

「14っていう数字の並びがいいんだよね。1と4のバランスとか、カクカクしたとがった感じとか、すごくカッコいいと思うんだけど」

 これは、凡人には理解できない「スターの感性」というものなのか…。いずれにしても、憲剛の14番に対する愛情やこだわりはよくわかった。

 こだわりがあるからこそ、気になることもあるという。

「対戦相手はもちろん、他のチームの14番がどんな選手なのかも気になるんだよね。Jリーグだけでなく海外のチームもそうだし、なでしこジャパンの14番だって気になるよ。自分みたいにパスを出してゴールも狙う選手だったら親近感が湧くし、全然違うポジション、それこそDFとかだったら『14番つけてるのにな』って複雑な気持ちになっちゃう」

 クライフに心酔する選手とはまた違った「14番愛」。今ではそんな憲剛に憧れ、14番をつけたがる子供たちも多いと聞く。こんな形で広がっていく背番号物語もサッカーのロマンなのかもしれない。

(運動部デスク・瀬谷 宏)