「サッカー界冬の時代」と呼ばれた時代がある。35〜45年ほど前のことだ。しかし、現在のサッカー界の隆盛を見ると、今にして思えば、あれは冬というより氷河期だったと思う。

 当時は日本代表の試合は、国立競技場ではなく、5000人収容程度の西が丘サッカー場で行われた。ピッチは芝…というよりペンペン草のようなものが生えていた。そんなボロボロのフィールドでイタリアやドイツのトップチームと試合をするのだが、それでも、会場は満員にはならなかったし、観客の動員力では高校サッカーに負けていた。

 当時のJFLのゴールデンカード(例えばヤンマー対三菱)などは、国立競技場で行われても、2000人程度しか入らず、そのほとんどは身内だったそうだ。

 自分の思い出の中で一番衝撃的だったのは、1980年ごろ、たまたま遊びに行った代々木公園で見かけた光景である。代々木公園の広場でサッカーをやっている集団がいた。パスの練習をしていたのだが、これがやたらうまい。で、よーく見たら、これが当時JFL2部の松下電器のサッカー部だったのである。なぜ分かったかと言うとそこに、当時天才ドリブレーと言われた佐々木博和選手(後にヴェルディ川崎などで活躍)がいたからである。

 関係者に話を聞くと、大阪から遠征に来ていて、練習する施設が他にないから、代々木公園を利用したのだという。後々佐々木選手に聞くと「ああ、あれは普通でしたよ」。当時を振り返って、笑っていた。でも、普通に考えれば、前日練習があれでは強くなるはずがないし、そもそも試合に勝つためのメンタルが育つはずがないのである。

 現在のJ2やJ3の環境もなかなか厳しいのだろうが、かつてトップチームが公園で練習していたことを思えば、それほど悪くはないのではないか。

 代々木公園の前を通るたびにそんなことを思うのである。

(編集顧問・原口典彰)