今年1月、東京・大田区の多摩川での評論家・西部邁さん(享年78)の入水自殺と、その後に周辺関係者2人が逮捕された自殺ほう助事件は衝撃的だった。

 個人的にも西部さん、娘さん、有罪判決を受けたTOKYO MXテレビの男性ディレクターは、西部さんの生前、顔を合わせていただけに、複雑な思いが残る。

 同ディレクター、窪田哲学被告(45)は西部さんが司会を務め、約10年間続いていた同局のトーク番組「西部邁ゼミナール」の担当だった。同被告にはこの9月、懲役2年、執行猶予3年の有罪判決が言い渡された。判決の直前、所属していたMXテレビ子会社を懲戒解雇された。

 同じく、自殺を手伝ったとして、逮捕・起訴された西部さん主宰の私塾塾長だった青山忠司被告(54)にも7月、懲役2年、執行猶予3年の判決が言い渡された。

 両被告とも、西部さんが50代から著書などで展開していた自殺を表す「自裁死」を理解し、西部さんの自殺の意思が強く、手助けの依頼を断れなかった。この点は東京地裁もくみ取り、執行猶予判決とした。

 西部さんは前出の番組「——ゼミナール」の収録後、窪田被告など番組スタッフ、自らの事務所スタッフでもある娘さんらと東京・新宿のバーに繰り出していた。西部さんが行きつけだったバーで筆者も数回、西部さんと話をさせてもらった。

 保守派の論客として知られた西部さんは、筆者が学生時代に「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)で知的な討論を展開していたこともあり、酒席で偶然出会ったとはいえ、感激したものだ。

 バーで西部さんは、日米安保条約のもと「日本の奴隷化が進むのをどう思う?」「これからは君たち若い世代が頑張る番だよ」などと、温和な表情ながら、すごみもある言葉をかけてくれた。

 私の出身地はお茶の産地であると話すと、西部さんは「あそこはお世話になった人がいるので行ったこともあるよ。お茶が本当にうまいんだよね」と柔らかな笑顔で話してもくれた。

 後日、帰省のついでに親戚が育てた煎茶を送ると、娘さんを通じてお礼の言葉をいただいた。

 バーの西部さんの隣にいつもいたのが前出の窪田被告だった。言葉数は少ないが、自らが手がける西部さんの番組への自負が感じられた。西部さんが“身内”のように信頼しているのも感じられた。

 その窪田被告とは、西部さんが自殺を遂げたその日に電話で話した。「先生の“最期の書”『保守の真髄』を呼んでもらえれば死生観は理解してもらえます。娘さん、息子さんに迷惑がかからないように人生を終えたいとはいつもおっしゃってました」と驚くほど冷静な口調だった。

 西部さんは川岸の木にくくりつけられたロープに安全ベルトを装着し、入水。遺体が流されず、すぐに発見されるよう、西部さんが家族のために考えたとみられる。

 西部さんは過去に喉頭がん、頸椎の病気で入院し、病院から「動いてはいけません」と行動を制限されたのがすごく嫌だったといい、4年前には自宅介護の末、愛妻を亡くした。著書では「娘に自分の死にゆく際の身体的な苦しみを、いわんや精神的な苦しみなどはできるだけさせたくない」とも書いていた。

 現場を下見し、使用する道具を揃え、車で西部さんを現場に連れて行った両被告は、自殺を手助けするのが犯罪行為と認識していたとみられる。

 だが、その後のバーの客の間では「西部さんは『人に迷惑をかけることを潔しとせず』が持論だったのに、結果的に2人の大人の人生に迷惑をかけた」「手伝う方も、いくら尊敬する先生の頼みとはいえ、断るのが常識」などの声が上がったのも事実だ。

 筆者が窪田被告に「自殺を美化はできない」と告げたときに返ってきた言葉が耳に残っている。「なぜですか!」

 両被告の手助けしたい気持ちは理解できるが、自分なら西部さんにはやはり「それでも生きてください」と言っていたと思う。

(文化部副部長・延 一臣)