【デスク発ウラ話】坂本弁護士一家殺害事件から30年 よみがえる遺体発見現場取材

2019年11月14日 12時00分

 1989年11月4日未明、神奈川県横浜市磯子区の坂本堤弁護士(33=当時)宅アパートで起きた、オウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件から丸30年がたった。

 わずか1歳2か月で殺害された長男・龍彦ちゃんの遺体発見は、事件から6年後の95年9月10日。その捜索現場の取材を担当した際の思いがよみがえる。

 先日、11月3日には坂本さん、妻・都子さん(29=当時)、龍彦ちゃんの墓がある鎌倉市の円覚寺松嶺院で法要が営まれ、坂本さんの同僚弁護士や高校の同級生など約40人が手を合わせた。坂本さんの母・さちよさん(87)も法要後のしのぶ会に出席したと報じられた。

 事件は、オウム真理教が教団外の人物を殺害した初のケースだった。後の地下鉄サリン事件など、未曾有の無差別テロにつながるきっかけとなった。

 95年の強制捜査で教団幹部らが次々と逮捕され、坂本弁護士一家殺害、死体遺棄に関する供述が浮上。一家3人は殺害後、坂本さんが新潟県名立町、都子さんが富山県魚津市、龍彦ちゃんが長野県大町市とそれぞれ遺棄され、供述通りの場所から遺体が発見された。

 警察による捜索が始まったのは同年9月6日。坂本さん、都子さんの遺体は当日発見された。東スポ記者は捜索開始前から各現場に飛び、筆者は龍彦ちゃんの捜索現場担当記者として8月下旬から大町市に滞在した。市内から黒部ダムに向かう県道を上り、日向山別荘地を越え、電柱番号「541 扇沢支 58」を目印に、山道を1キロほど入った湿地帯。

 龍彦ちゃんの遺体は捜索開始から5日目、計63時間をかけた捜索の末、10日午後5時前、湿地帯の真っ黒な泥の中から発見された。一報に報道陣からも「見つかってよかった」との声が漏れた。

 事件から5年10か月、遺体発見にはホッとしたが、一方で乳児を殺害し、母親の都子さんとも離ればなれにして人里離れたこんな場所に埋めたオウム真理教の鬼畜ぶりには怒りも湧いた。

 しかも、この場所は事件発生の翌年2月、怪文書をもとに一度は神奈川、長野両県警が40人規模で捜索した場所だった。

 午後11時、龍彦ちゃんを乗せた警察車両が現場から出てくると、捜査員、機動隊が道の両側に整列し、一斉に敬礼。翌日の現場検証でも約200人の捜査員が遺体発見現場に置かれた花束、ぬいぐるみを囲んで合掌した。

 ふだん、こうした現場では取材に応じることのない現場の捜査員の一人が泥だらけの靴に疲れ切った表情で「発見が遅れたのは申し訳なかったが、精一杯やりました」と話したのを覚えている。初動捜査のミスが伝えられ、捜査員は末端まで責任を感じていると受け取った。

 生前の坂本弁護士とともにオウム真理教に立ち向かったジャーナリストの江川紹子氏がこのほど、インターネット上で発表した「坂本弁護士一家殺害事件から30年~事実や教訓を正しく後世に伝えたい」という文章が目にとまった。

 事件を詳細に振り返り「検察庁は事件の裁判の記録を活用できるようにすべき」と記した長文の中に、龍彦ちゃんに関する記述がある。

「同い年にはNYヤンキースの田中将大投手やサッカー日本代表の吉田麻也選手、ラグビー日本代表キャプテンのリーチ・マイケル選手などがいる」

 事件に関わり、死刑判決が確定したオウムの死刑囚は昨年、死刑が執行された。30年がたち、事件を知らない世代が多くなってきたが、TBSオウム真理教ビデオ問題など、数多くの教訓を残した事件だけに、決して風化させてはいけない。

(文化部副部長・延一臣)