【デスク発ウラ話】巨人・原監督のプロレス熱 冷めるどころかますます…

2019年07月16日 07時16分

「プロレスLOVE」は消えていないのかなあ…。そんな思いに駆られたのが、現在セ・リーグ首位を独走する巨人の原辰徳監督だ。

 かねてプロレス好き、ジャンボ鶴田(故人)の大ファンとして知られた指揮官。記者が巨人取材に携わるようになって5年になるが、それ以前の10年近くは、バットは相手をブン殴るための凶器として扱われたプロレスを主に担当してきた。

 昨年暮れから巨人担当キャップを引き継ぎ、監督と言葉を交わす機会にも恵まれるように。監督はジャンルを問わず、あらゆることに興味を持つ性分。どこかで勝手に気になっていたのは、現場復帰するまでの“空白の3年間”でプロレスへの情熱が薄れてしまっているのではないか…という点だった。

 そうした中、今年の年明けに報道陣とのやりとりで年末年始のビッグイベントの話題が上った。“神童”那須川天心がメイウェザーに粉砕された大みそかの「RIZIN」や紅白歌合戦に箱根駅伝…。ただ、プロレス界の「正月」といわれる新日本プロレス1月4日の東京ドーム大会に触れられることはなかった。やっぱり、プロレス熱は冷めてしまったのか…。

 ということで、日を改めて聞いてみることに。この時も監督は「昔の武士も、ああいう心境で戦いにいったのかなってね。あれだけの体重差のあるメイウェザーに向かっていった若者が那須川天心。トラウマ的に妙なものが残っていないかが心配だよ。そんなことを持つ必要は全くないんだ、ということを俺は言いたかったわけよ」と熱弁は止まらなかったが、率直に「監督、1・4はご覧になられたのですか?」と投げかけてみると、こう返ってきた。

「すごかったねえ! 彼は大丈夫かい? 負けちゃったけど、飯伏。飯伏くんは大丈夫? 首をやっちゃったんじゃないかと思ってさ。彼のプロレスもすごいよな。世界中の目標になっている」

 飯伏幸太といえば、マット界屈指の身体能力を兼ね備え、リングなどなくても道端やキャンプ場など日常空間の中で試合を行う「路上プロレス」から名を上げた。プロレス界の超エリート街道を歩んだ鶴田とは対極の存在と言ってもいい。鶴田を敬う原監督の口から「飯伏」の名前がサラリと出てくるのは実に新鮮で、そのプロレス愛はホンモノだと確信した。

 振り返れば、2014年初秋。反則アイテムに過ぎなかったバットが、選手がミリ単位でこだわる球界に飛び込む形となった。取材環境の激変に戸惑う中、当時の原監督に「初めまして。プロレス担当から参りました、〇〇です。よろしくお願い致します」とあいさつした。差し出した名刺を受け取った監督は「そうなの? 東スポでプロレスから野球担当じゃ〝格下げ〟だな!」と豪快に笑い、予期せぬ変化球にフリーズしてしまった。

 本人は絶対に覚えていないと思うが、たまにはプロレスファンも喜ぶような原稿を書けたらなあ、なんて思っている。

(運動部主任・大島啓)