5月24日、神戸連続児童殺傷事件で土師淳君(11=当時)が殺害されて18年がたった。「酒鬼薔薇聖斗」こと加害少年(14=当時)は32歳となり、今年も命日に合わせて遺族に手紙を出したという。
遺族によると、その内容は「昨年までと異なり、真の原因を知りたいという望みに対し、彼なりの考えをつづっていた」という。具体的には明かされなかったが、2005年1月に社会に出た酒鬼薔薇が、事件から18年もかかってやっと遺族と真摯に向き合ったようだ。
事件は間違いなく、記者人生で最も記憶に残る取材だった。中学校の正門に切断した淳君の首が置かれて始まり、そこから半年間、週6日、神戸をはいずり回るのが仕事となったこともある。
酒鬼薔薇は校門に置いた頭部の口に、警察をあざ笑うように「さあ、ゲームの始まりです。愚鈍な警察諸君、ボクを止めてみたまえ」などと書いた声明文をくわえさせ、地元紙・神戸新聞社には犯行声明文を送った。典型的な劇場型犯罪だったが、容疑者として中3少年が逮捕されると衝撃は拡大し、その残虐性や性的嗜好が明らかになると、さらに波紋が広がった。
先日発売された月刊誌「文芸春秋」5月号にはこれまで非公開だった酒鬼薔薇の少年審判の決定(判決)全文が、当時の裁判官などを通じて掲載され、裁判所が抗議するなど物議を醸したばかり。それを読むと、当時の衝撃がよみがえる。目をそむけたくなる内容だが、当時を振り返る。
1997年2月、小6女児2人の頭部をショックハンマーで殴り、翌3月には小4の山下彩花ちゃん(10=当時)を鉄のハンマーで殴り、直後に小3女児の腹部をくり小刀で突き刺した。彩花ちゃんは8日後に死亡。5月に淳君事件を起こす。
小3の時、母親の叱責でノイローゼと診断され、小5で唯一の理解者だった同居祖母が死亡したころからナメクジやカエルを解剖、小6からネコを殺し始め、計20匹の舌を塩漬けにして記念品にした。
決定全文を読んだ当時を知る週刊誌関係者は「現場周辺ではネコが切り殺されたり、焼死したり、不気味な兆候があった。酒鬼薔薇の逮捕後、自室の天井裏にネコの舌が入ったビンを並べていたと報じられましたが、決定文では『小6、ネコを殺した時に最初の射精をした』と明記され、以来、猟奇的行為が性的嗜好となった事実は衝撃的でした」と語る。
その後、殺人衝動が現実のものとなる。決定文では、淳君を殺害している時、首を切った時、首を自宅風呂場で洗い、頭髪をクシでといた時にそれぞれ「性的に興奮していた」、頭部はネコのビンと同じ「天井裏に(一晩)隠した」とも明記された。
自身はこうした行為を嫌悪し、別人格の酒鬼薔薇をつくり出したが、精神鑑定では「精神病状態にはなく、年齢相応の知的判断能力が存在している」と判定された。
事件発生当時、刑事裁判にかけられる最低年齢は16歳だったが、この事件によって2000年に少年法が「14歳以上」と改正されるなど、史上に残る事件ともなった。
最近でも、長崎・佐世保市高1女子殺害、川崎市中1男子殺害など、未成年による殺人事件が再び問題視されているが「今の子供たちは…」ではくくれない時間が酒鬼薔薇事件から過ぎている。
だが、今年1月、名古屋で女性(77=当時)を殺害した名古屋大女子学生(19=当時)は酒鬼薔薇を崇拝するような言葉を残している。
殺人鬼をヒーロー視する人々の間では、今も「14歳の酒鬼薔薇」が生き続けているようだが、それを目にする子供たちへの影響は、真剣に考えてほしいものだ。
(文化部副部長・延 一臣)
今も生き続ける「14歳の酒鬼薔薇」
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