1997年4月28日、中国・台湾から衝撃的な一報が伝わってきた。「巨人の星」「あしたのジョー」などの作者・梶原一騎さん(享年50)と台湾の人気歌手・白冰冰(パイ・ピンピン)さん(42=当時)との間の一人娘、暁燕(シャオエン)さん(17=当時)が殺害され、むごたらしい遺体で発見されたというものだった。
すぐに本紙カメラマンとともに台北へ飛んだ。林口市内の白さんの豪邸に着くと、悲しみに暮れる白さん本人の姿をすぐに目撃できた。台湾では葬儀の前に「迎霊式」という儀式が行われるが、自然死でない場合、家の外で営まれるためだった。
事件は4月14日、通学途中の暁燕さんが犯人グループに誘拐され、白さんの元に暁燕さんの切断した左手小指、500万ドル(当時のレートで約6億3000万円)の身代金を要求する録音テープが送りつけられて始まった。白さんは身代金を用意し、犯人側と交渉を行ったが、現金の受け渡しは不成立。怒った犯人側が暁燕さんを惨殺し、川に遺棄した。
白さんには「迎霊式」の前夜、東京で梶原氏の実弟で空手家・劇作家の真樹日佐夫さん(享年71)と会った時の「オレの姪をこんな目に遭わせたヤツは許さん。冰冰、近々行くから気をしっかりな」という伝言を伝えた。「真樹先生もそこまでお気遣いいただいて…」と白さんはさらに目を赤くした。
親日家が多い台湾では行く先々で親切にしてもらったが、日本ではあり得ない数多くの違いを目の当たりにした。まず、現地紙には暁燕さんの遺体写真が大きく掲載された。顔こそなかったが、後ろ手にロープで縛られ、腕や背中は紫色に変色し、左手小指の切断部分がアップで載った。
「日本では警察が遺体を撮影させないし、マスコミが遺体を撮影しても、配慮されて報じられることはない」と現地記者に伝えると「ここでは普通だ」と平然としていた。
その後、警察が犯人グループのアジトを急襲し、4人を逮捕した。容疑者にマスコミがインタビューができるのもしかり。東南アジア各国でも似たようなスタイルは今もあるが、冤罪防止のためにはいいことかもしれない。
だが、この事件で最も問題となったのは、身代金受け渡しの際、一部現地マスコミが犯人グループを刺激したことが暁燕さんの惨殺につながったとされることだ。
日本では同様の誘拐事件が起きると、警察側からマスコミへ「報道協定」の要請が出る。人質の命を最優先に、犯人を刺激しないこと、犯人側へ警察の動きを知らせないことなどが目的の取材・報道自粛要請だ。これが解除されると「公開捜査」になるが、この事件では警察などから身代金受け渡し場所までがマスコミに漏れ、アジト急襲翌日の公開捜査は名ばかりだったのだ。結果、暁燕さんの肝臓は破裂するほど殴られ、性的暴行まで受けた。「記者有罪」と書かれた横断幕も白さん宅周辺に掲げられた。
主犯格3人のうち2人は射殺と自殺、生きて逮捕された1人には他の容疑も含め、懲役59年9月、身代金と同額の6億3000万円の台湾史上最高額の賠償命令の判決が出た後、事件から2年半後、死刑が執行された。
暁燕さんの担任教師は当時「彼女はお母さんのような芸能人ではなく、新聞記者になるのが夢でした」と話していた。生きていれば、台湾の事件取材や報道を変えてくれていたかもしれない。
(文化部副部長・延 一臣)
台湾史上最悪「誘拐事件」の背景
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