正田耕三「野球の構造」の記事一覧

【正田耕三連載コラム】引退試合では両親に雄姿を見せることができた

【正田耕三連載コラム】引退試合では両親に雄姿を見せることができた

2020年07月02日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(最終回)】早いもので当連載は今日で40回目。いよいよ最終回を迎えてしまいました。いろいろと書くネタはありますが、最後は引退の話で締めくくろうと思います。  僕がユニホームを脱…

#正田耕三「野球の構造」
【正田耕三連載コラム】三村監督に教わった「一流の脇役を目指せ」が僕を変えた

【正田耕三連載コラム】三村監督に教わった「一流の脇役を目指せ」が僕を変えた

2020年07月02日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(39)】チームスポーツである野球には役割分担があります。4番打者のような長距離砲ばかりを並べても得点力が上がるわけではありません。何としてでも塁に出る人、走者を効果的に進める…

#正田耕三「野球の構造」
【正田耕三連載コラム】現役晩年の94年 三村監督に散歩で富山城址公園に誘われ…

【正田耕三連載コラム】現役晩年の94年 三村監督に散歩で富山城址公園に誘われ…

2020年07月01日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(38)】当連載も、そろそろ終盤戦に差しかかってきました。ここからは現役晩年の話をしていこうと思います。  三村敏之さんが監督に就任した1994年、その後の野球人生を大きく左右…

#正田耕三「野球の構造」
【正田耕三連載コラム】「その気になっとるんか!」大下さんの怒声が…

【正田耕三連載コラム】「その気になっとるんか!」大下さんの怒声が…

2020年06月30日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(37)】盗塁王のタイトルを獲得した1989年は、打撃でも満足のいく数字を残すことができました。巨人のクロマティが打率3割7分8厘と突出していたため3年連続の首位打者こそ逃しま…

#正田耕三「野球の構造」
【正田耕三 連載コラム】捕手・山崎武司を廃業させた89年の5盗塁

【正田耕三 連載コラム】捕手・山崎武司を廃業させた89年の5盗塁

2020年06月26日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(36)】野球では1プレー、時には1球で流れが変わることもあります。それどころか人生が変わってしまうことも…。入団5年目の1989年。僕のプレーで、結果的に一人の捕手の野球人生…

#正田耕三「野球の構造」
「考えるな!感じろ」実践したら人工芝が物足りない

「考えるな!感じろ」実践したら人工芝が物足りない

2020年06月25日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(35)】ブルース・リーの代表作の一つでもある主演映画「燃えよドラゴン」には、こんなセリフがあります。「Don’t think! Feel」。日本語では「考えるな! 感じろ」と…

#正田耕三「野球の構造」
「守備と走塁にスランプなし」僕に言わせれば嘘

「守備と走塁にスランプなし」僕に言わせれば嘘

2020年06月24日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(34)】よく野球界では「守備と走塁にはスランプがない」と言われますが、僕に言わせればうそです。打撃のそれと同様に、守備や走塁でもどうしていいのか分からなくなることがあるのです…

#正田耕三「野球の構造」
狭い広島…厳しい目もあったからこそ強くなれた

狭い広島…厳しい目もあったからこそ強くなれた

2020年06月23日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(33)】レギュラー定着へと一気に階段を駆け上がった入団2年目にあたる1986年からの3年間は、僕の絶頂期でもありました。86年にはリーグ優勝を経験し、初タイトルとなる首位打者…

#正田耕三「野球の構造」
胸に突き刺さった三村さんの言葉…2年連続首位打者へ

胸に突き刺さった三村さんの言葉…2年連続首位打者へ

2020年06月19日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(32)】ひとたびタイトルホルダーになると、それまで見えなかった景色が見えてきます。守備のことは別の機会に触れますが、入団3年目の1987年は首位打者のほかに二塁手としてゴール…

#正田耕三「野球の構造」
篠塚さんとともに首位打者に!決めたのはバント安打

篠塚さんとともに首位打者に!決めたのはバント安打

2020年06月18日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(31)】1987年10月20日、神宮球場は異様な雰囲気に包まれていました。そう思っていたのは自分だけだったのか…。すでに巨人のリーグ優勝が決まった後で、言うなればこの日のヤク…

#正田耕三「野球の構造」
別の“バット”を振ってからも素振りし続けたところ…

別の“バット”を振ってからも素振りし続けたところ…

2020年06月17日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(30)】練習量をこなし、成績が伴うことで自信はつきます。ただ、僕は引退するまで自分のことを下手くそだと思っていましたし、平成を代表する投手のように自信が確信に変わることもあり…

#正田耕三「野球の構造」
V旅行のホテルでも素振りをする僕に苦情が…

V旅行のホテルでも素振りをする僕に苦情が…

2020年06月16日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(29)】初めて日本シリーズの大舞台に立ったのもプロ2年目の1986年でした。相手は黄金期を迎えていた西武。すでに引退を表明していたカープの主砲・山本浩二さんと西武の黄金ルーキ…

#正田耕三「野球の構造」
指を骨折しても練習続けた僕にご褒美が…

指を骨折しても練習続けた僕にご褒美が…

2020年06月12日 11:00

【野球の構造 正田耕三(28)】プロ野球は「生き馬の目を抜く世界」だと言われます。痛いのかゆいの言って休んでいては、あっという間に他の選手に取って代わられてしまいます。ましてや僕はエースでもなければ、…

#正田耕三「野球の構造」
僕の指が折れているのを知りつつ種田トレーナーは…

僕の指が折れているのを知りつつ種田トレーナーは…

2020年06月11日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(27)】好事魔多しとはよく言ったものです。二塁のレギュラーへと大きく前進した入団2年目の1986年は、これからというときに思いもよらないハプニングに見舞われました。  6月2…

#正田耕三「野球の構造」
嘘ではなかった安仁屋コーチのアノ発言

嘘ではなかった安仁屋コーチのアノ発言

2020年06月10日 11:00

【正田耕三「野球の構造」(26)】2008年8月、漫画家・赤塚不二夫さんの告別式で弔辞を読んだタモリさんは「私もあなたの作品の一つです」と締めて話題を呼びました。例えとして適切かどうか分かりませんが、…

#正田耕三「野球の構造」