イランでもう一つの“女子レスリング”が盛んになってきている。五輪や世界選手権で数多くの男子王者を輩出してきたレスリング王国だが、宗教上の理由で髪や肌を露出できない女子にはレスリングはご法度。そんな中で、世界レスリング連合(UWW)がレスリングスタイルと認める、道着を着たレスリングのアリシュ(ベルト・レスリング)とグラップリングがイラン女子でスタートした。五輪出場を目指して活動を続けている「男子禁制の世界」に迫った。

 先月20日に来日したイランの女子レスリング関係者は、3日間の日程で吉田沙保里(34=至学館大職)らの母校・至学館大などを見学した。目的は日本の女子レスリングについての情報収集。イラン女子レスリング協会のマリヤメ・モナザミ副会長は「日本女子は世界のトップ。どんな練習をしているかなど重要な点が分かりました」と笑顔で話した。

 イランではイスラム教の戒律から、女性は髪の毛と肌を露出することができない。シングレット(試合着)で戦う五輪スタイルのレスリングは不可能だ。それでも男子レスリングは国技で人気がある。兄弟や親がレスリングをしていれば、自然と興味も湧く。

 そうした背景もあり、近年、格闘技に魅せられた女性たちがUWW公認のアリシュとグラップリングを始めている。現在の競技人口は2000人だが、モナザミ副会長は「イラン女子はレスリングの潜在能力を持っています」とさらなる競技人口の増加を期待している。

 イラン女子レスリング界はまさに神秘の世界だ。男性が女性選手に触れられないため、コーチは女性だけ。練習を行うクラブも男子と時間を分け、決して一緒に練習することはない。国内大会では、道着を着用していてもレフェリー、コーチ、運営、トレーナー、そして観客もすべて女性のみ。男子禁制の格闘技だ。

 現在、イラン女性も五輪スタイルのレスリングができるよう、イランレスリング協会から、髪の毛から体全体を覆えるスピードスケートのようなシングレットがUWWに提案されている。だが、いつ許可が下りるかは分からない。モナザミ副会長も「五輪スタイルをするにはまだ時間がかかると思う」と慎重で、まずはアリシュの五輪種目入りを熱望している。

 両種目ともに強化のため海外からも指導者を招いているが、日本にも注目の存在がいる。「ヨシダー! 五輪女王で強い人ですから」とイラン女性コーチの一人は霊長類最強の吉田にラブコールを送った。強くなりたい思いは万国共通。男子同様、女子でもイランが日本の最強ライバルになる日もそう遠くはないかもしれない。