前代未聞の“ドーピング五輪”が幕を開ける。国際オリンピック委員会(IOC)は24日、電話による緊急理事会を開き、国ぐるみのドーピング問題が発覚したロシアをリオ五輪から全面除外する処分は見送ることを決めた。出場の可否は各競技を統括する国際連盟(IF)に判断を委ね、厳しい条件を付けたものの、疑惑を抱えた競技団体は混乱。当初は強硬姿勢を貫くと見られていたIOCがなぜ“丸投げ”という判断を下したのか。舞台裏に迫った。

 IOCのトーマス・バッハ会長(62)は苦渋の決断を下した。電話記者会見での声明は「国全体の責任か個人の正義かの判断でバランスを重視した」。21日にスポーツ仲裁裁判所(CAS)がロシア陸上チームのリオ五輪出場を禁じた決定を支持したことで、IOC側がロシアの全競技締め出しに傾いていただけに、明らかなトーンダウン。クリーンな選手にまで連帯責任を負わせていいのかという大義名分が、IOCに充満していた除外強硬論に勝った形だ。

 だが、あるIOC委員が「五輪はIOCのイベント。出場資格の判定をIFに押しつけたら、IOCの存在意義は何なのか」と疑問を呈したように、矛盾だらけの決定であるのも確か。IOCとしては反ドーピングを世間にアピールするためには、ロシアをターゲットにすることは大きな効果があると見ていたが、それ以上にスポーツ大国の締め出しが政治問題にまで発展しかねないことを懸念した。

 近年の五輪は開催経費の高騰で招致に乗り出す都市が減り、IOCとしてはスポンサーの対応に苦慮してきただけに、ドーピング問題に端を発したスポンサー離れは避けたいところ。だが、ロシアを除外すれば、今後各競技団体や人権団体などから訴訟を起こされる可能性もある。これらをてんびんにかけ、最終的にロシアに出場の可能性を残すというIOC内の“政治判断”が上回った。

 とはいえ、IOCから丸投げされたIFに残された時間はあまりにも少ない。クリーンな選手と違反者を今から選別することは容易ではなく、世界レスリング連合(UWW)のネナド・ラロビッチ会長は「狂気の沙汰だ」と声を荒らげた。

 体操や水泳・シンクロナイズドスイミングなどドーピングとは無縁の競技がある一方で、レスリングは世界反ドーピング機関(WADA)から疑いをかけられている競技。モスクワの検査所で陽性反応を示した検体の多くが「陰性」と虚偽の報告をされ、その中にレスリング選手のものも含まれていたからだ。

 UWWはWADAに情報提供を求めているが、WADAからの返答は23日時点でなし。ラロビッチ会長は「証拠もなしに、何をしろと言うのか。誰かを出場禁止にすれば訴訟を起こされ、負けてしまう」と嘆いている。UWWが“グレー”と見られる選手に対して出場禁止を通達しないということは、裏を返せば“限りなくクロに近い”選手も五輪に送り込むことになる。IOCが願う「クリーンな選手だけによる大会」という前提はこの時点で崩れる。

 IOCはこの日、ロシア陸上界のドーピング問題を告発し、一時は国際陸連管轄で出場予定だった女子中距離のユーリア・ステパノワ(30)の五輪参加を認めない方針を決めた。

 国際陸連が問題発覚への貢献を考慮していたが、IOCは過去の違反歴を問題視。その代わりにステパノワとその夫をリオ五輪に招待し、競技人生を支援するという声明を発表した。

 この一件だけを見れば、IOC側のドーピング違反者への姿勢がよくわかる。だが、国際陸連の面目は潰された。IOCの苦し紛れの政治判断の下、クリーンな選手とドーピング疑惑を抱えた選手が混在して戦うリオ五輪は、開催前から大きな闇に包まれている。