【山本美憂コラム】「赤ちゃんを助けた」ハンガリーで奮闘する長男アーセンから電話が!

2022年07月22日 16時00分

美憂(右)を指導するアーセン(東スポWeb)
美憂(右)を指導するアーセン(東スポWeb)

【山本美憂もう一息!(22)】私がカナダを拠点にし、2012年ロンドン五輪、16年リオデジャネイロ五輪出場を目指しているころ、ハンガリーで奮闘していたのが長男アーセンです。アーセンは中1の途中からレスリング留学をしていました。

 強くなるため、日本レスリング協会会長だった福田富昭さん(現名誉会長)にハンガリー協会会長を紹介してもらい、留学先を見つけました。もともとアーセンはフリースタイルの選手だったのですが、ハンガリーでおじいちゃん(郁榮氏)と同じグレコローマンの選手になりました。これも何かの縁ですね。

 13年の世界カデット(16、17歳)選手権(セルビア)でも優勝するほど力を付けたアーセン。周りに日本人が誰もおらず、日本語も英語も誰も話せないなか、一人で頑張りました。寮での生活でしたが、週末になるとみんな家に帰るのでアーセン以外は誰もいなくなる。それを13歳からずっと続けていた。今思うと、すごく寂しい思いをさせたなと胸が痛みます。

 寮は決して治安がいいとは言えない場所にありました。自分で自分を守らないといけない環境だったので、今も初めて人と会う時に少し警戒する様子を見せたりするんです。アーセンはハンガリーではいろいろな経験をしています。一番覚えているのは「赤ちゃんを助けた」と、泣いて電話をしてきたこと。中学生のころ、ロードワークをしている途中に信号で止まったら、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。しかもゴミ箱の中からだったというのです。急いで抱き上げて病院に連れていった。不衛生な環境にいたので、赤ちゃんはしばらく入院することになりました。

 アーセンは泣いて国際電話をかけてきました。「母ちゃん、こんなひどいことをする親がいるんだよ」と。病院の先生には「よく警察ではなく、病院に連れてきてくれた。正しい判断だったよ」と感謝されたそうです。アーセンは赤ちゃんが心配で心配で。病院に十分にあるのにオムツを自分で買って渡しに行っていたそうです。女の子の赤ちゃんはその後、ちゃんと里親が見つかりました。「幸せになってほしい」と電話で私に話していたことを覚えています。

 優しくて、熱血漢で、私に似て世話焼きのアーセンはその後、総合格闘技(MMA)に転向。15年大みそかのRIZINがデビュー戦となりました。私も拠点だったカナダから帰国。MMAを始めてからは、ずっと一緒です。コーチも務めてくれ、的確に指導してくれます。同じチームの仲間でもあり、いつもそばにいてくれる頼もしい存在です。

 次回は、私がMMAに転向するきっかけをお伝えしたいと思います。

 ☆やまもと・みゆう 1974年8月4日生まれ。神奈川県出身。72年ミュンヘン五輪代表の父・郁榮氏の影響で小2からレスリングを始める。87年に中1で女子初の全日本選手権を制覇(44キロ級)し、47キロ級も含め5連覇。同選手権では計8度の優勝を誇る。91年、年齢制限のある世界選手権に特例で出場し史上最年少の17歳で優勝。94、95年も世界を制した。2016年にMMAに転向し「RIZIN」で女子格闘技をけん引。3人の子を持つ母。156センチ。

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