“霊長類最強女王”吉田沙保里が見た「川井梨VS伊調」世紀の一戦

2019年07月08日 20時00分

元最強女王の吉田が“世紀の一戦”を分析した

 女王の見解は――。世紀の一戦となったレスリングの世界選手権(9月、カザフスタン)代表決定プレーオフ(6日)女子57キロ級は、リオ五輪女子63キロ級金メダルの川井梨紗子(24=ジャパンビバレッジ)が五輪4連覇の伊調馨(35=ALSOK)を破り、代表に決定した。メダル獲得で東京五輪代表が決まる世界切符をめぐり、互いに一歩も引かぬ死闘を展開。両者を知る吉田沙保里(36)はどう見たのか? 数々の激闘を戦い抜き、五輪を含め世界大会16連覇を果たした“霊長類最強女王”を直撃した。

 ――最強女王対決をどう見たか

 吉田:五輪よりレベルの高い、すごい試合でした。実力が拮抗している2人。正直、試合前に勝敗の予想もできなかった。勝負のカギは川井選手が2点を取ったところ。足を取られてから、とっさの判断で(背後から脇と首を固める)ネルソンで伊調選手を返した。伊調選手相手にあれができたのはさすがだった。

 ――2人の強さが表れた試合。川井が強い点は

 吉田:川井選手は手さばきが非常にうまい。一緒に練習していてもなかなかタックルに入れない。それに左右両方のタックルができることがすごい。プレーオフでも右構えで左の片足タックルに入っていた。普通は右に入る。私は左構えで左の片足タックル一本だけで勝ってきたから、余計そう思います。

 ――伊調も強かった

 吉田:川井選手が試行錯誤しながら何度も入るタックルを、かわし続けた伊調選手の防御はさすが。いったいどんな足腰なんだと思った。私が伊調選手と最後に試合をしたのは、2001年の全日本選手権3位決定戦(4―1で吉田が勝利)。ボディーバランスの強さはそのころからあった。私もタックルでたまに取れるくらい。入っても入りきれない。かわし方がうまい。今回、さらに磨かれていた。

 ――敗れた伊調の潔さも印象に残った

 吉田:試合後の姿も素晴らしかった。伊調選手は五輪5連覇を目指す世界でただ一人の選手。いろんなことがありながら、地道に頑張ってきた。敗戦は本当に悔しくて仕方がなかったと思う。でも、気丈にインタビューに答え、相手をたたえた。敗戦の経験がほとんどない伊調選手が、あそこまでできるのはすごい。だから強い。若手レスラーのお手本です。

 ――川井の母校で練習拠点の至学館大コーチでもある吉田さんから見て、川井の成長した点は

 吉田:プレーオフという究極の舞台に立っても冷静な判断ができていたし、昨年末の全日本選手権(伊調に敗戦)に比べたら心が強くなった。あの時は心が折れてしまって「もうやめる」と言い出した。私が「ここでやめたら(姉妹で五輪に出ることを目標にしている)妹の友香子はどうなるのか? ここで終わったわけじゃない。ちょっと休んでもいいから頑張りなさい」と言っても「もういいです。もう自分は無理です」。練習もしばらく休んだし、来ても見学だけだった。しばらくして「沙保里さんの話を聞いて頑張ろうと思いました」と言ってくれた。あそこから本当によく立ち直った。

 ――川井は世界選手権でメダルを取って東京五輪代表を決めたいところ。57キロ級は伊調がアジア選手権(4月)で負けた北朝鮮選手ら強敵も多い

 吉田:普通に戦えば勝てる相手ばかりだと思う。ただ五輪前年は、五輪切符がちらつくので、今までの世界選手権とは違うものになる。今回、伊調選手にどうしても勝ちたい、倒したいと思った気持ちを、世界の相手にも持つことが重要です。

 ――教えるべきことは

 吉田:技術は教えることはない。あとはやはり心。負けて「もういいです」と言うくらいだから、心が弱いところがある。いろいろ考えてしまうのだろうが、負けたらどうしようと考えた時点で負け。私はそれが唯一、リオ五輪の時(決勝で米国選手に敗れて銀メダル)だった。それまでは弱気になっても試合前には「絶対勝つ」と切り替えられたが、リオの時は試合中に弱気がよぎった。負けたらどうしようではなく、「勝つためにこうしていこう」の前向きな考え方を持っていってほしい。