吉田が平成を回想「16年リオは次の人生につながる五輪」

2019年04月30日 16時30分

霊長類最強の女子と言われた吉田

 平成の五輪では夏季、冬季を通じて多くのドラマがあった。あまたのヒーロー、ヒロインが生まれた中で、本紙読者の心を揺さぶった選手にご登場願おう。レスリング女子で3連覇を達成した“平成最強女子”の吉田沙保里(36)が平成を回想した。

 吉田は平成に行われた4度の五輪で金メダル3個、銀メダル1個を獲得した。「どれも最高の五輪」と振り返ったが、それぞれに異なる意味合いがあるという。2004年アテネ五輪は「ワクワクの五輪」だった。レスリング女子が正式種目に採用された最初の大会。憧れの舞台に立てる喜びは大きく、のびのびした戦いで初の金メダルを獲得した。08年北京五輪は「ドキドキ、プレッシャーの五輪」。アテネ大会後、連勝街道を歩み、五輪連覇確実と見られる中、同年1月の大会で米国選手に得意のタックルを返され、まさかの黒星。失意のどん底に突き落とされた。周囲の励ましで奮起。返されないタックルをマスターし、さらに強くなって連覇を達成した。

 日本選手団の旗手を務めた12年ロンドン五輪は「最悪から最上の五輪」。大会直前まで心身ともに調子が上がらず、過去最大の不安を抱えながら勝負に挑んだ。しかし、マットに立てば女王の体は勝つための動きを自然と繰り出した。試練を乗り越えて3連覇を達成。マット上で今は亡き父の栄勝さんを肩車し、自らの代名詞である高速タックルを授けた父をたたえた。

 4連覇を目指した16年リオ五輪は唯一、敗戦で終わった五輪だ。決勝で敗れると「応援してくださったみなさまに申し訳ない」と泣いて謝罪した。悔しかったが、今まで見えてこなかった世界に触れた。負けた人の気持ちを知り、どれだけ周囲の人に支えられてきたかも痛感した。「多くのことを学んだ五輪。次の人生につながる五輪でした」

“平成最強女子”は平成最後の年に現役生活に別れを告げた。「レスリング人生を悔いなく全うできて、平成は最高の時代でした。令和の幕開けとともに、新しい自分の道を切り開いて行きたい」と新時代を進む。