【東スポ2020 現場最前線(6)】昨年のリオデジャネイロ五輪で日本は世界6位となる12個の金メダルを獲得した。日本オリンピック委員会(JOC)は、2020年東京大会での金メダル目標を世界3位に設定しており、リオ五輪を参考にすると、中国の26個が目安となる(1位は米国46個、2位英国27個)。この高いハードルをクリアするため、JOCはさまざまな取り組みを行っており、その一つが五輪メダリスト養成システム「エリートアカデミー事業」(EA事業)だ。08年にスタートし、ここにきて有望選手が次々に台頭。本紙は同事業の“秘密”に迫った――。

 8月の卓球のチェコオープンでワールドツアー史上最年少で優勝した張本智和(14)、6月の卓球世界選手権女子シングルスで48年ぶりに銅メダルを獲得した平野美宇(17)、8月のレスリング世界選手権女子48キロ級で高校生Vを果たした須崎優衣(18)。この3人に共通するのはJOCエリートアカデミー生(EA生)ということだ。

 08年からスタートして現在、中1から高3まで7競技34人(男子14人、女子20人)が在籍。近隣の学校に通いながら、JOCが用意した「アスリートヴィレッジ(寮)」を拠点に日々練習に励んでいる。理念は「オリンピックで活躍し、社会の発展にも貢献できるアスリートを育てる」。まさに金メダリスト養成のためのスペシャルプログラムだ。

 EA事業の平野一成ディレクター(64)が語る。

「国際競技力を上げるために、システマティックな育て方をしようということです。宿舎に寝泊まりしながら、専門的なトレーニングを行うのは世界では珍しいことではない。中国、ロシア、フランス、ドイツ…強豪国はみんなやってますからね」

 希望すれば入れるわけではない。各競技団体がEA事業の条件にマッチした才能ある選手を推薦し、JOCによる筆記試験と面接によってふるいにかけられる。今年入校したのはわずか10人(男子2人、女子8人)。少数精鋭がモットーだ。

 メリットは計り知れない。これまで日本の中高生は学校の部活動が中心だった。

 それを各競技団体のコーチが担うことで、早くから専門的なトレーニングができるようになる。また、年齢も競技も異なる選手と集団生活をすることにより、人格形成にもプラスに働くという。

 張本本人が言う。

「他のアカデミー生が活躍するととても刺激を受けます。自分ももっと頑張ろうという気持ちにもなります。(親族と離れることについて)ここは集中して練習できる環境なので充実しています。また、人間力を高められるようなプログラムが多く組み込まれているので、それが競技成績にも良い影響を与えていると思います」

 だが“エリート”とうたっている以上、厳しいルールも伴う。選手たちにあてがわれるのは個室ではなく4人部屋。門限(練習を除く)は中学生が18時半、高校生が19時半。SNSは限定的な使用のみ許可され、就寝前には寮母に携帯電話を預けなければならない。男女の交際やデートはもちろん厳禁だ。

「相手はまだ中高生です。欲をきちんと管理しないと、普段の生活や競技に影響する。私たちは保護者から大切なお子さんを預かっています。安全を保つためにも自由にさせるわけにはいきません。そもそも何のためにここにきたのか。自由にやりたければ、どうぞお帰りくださいと言うだけですよ」(平野氏)


 選手にも保護者にも覚悟が求められる。そこまでしないと金メダルはおぼつかないのも確かだろう。厳しい半面、EA生のケアにも抜かりはない。EA独自の教育プログラムが設けられており、寮には人生経験豊富な5人の「生活担当」を配置している。ちなみに費用負担は食費のみだ。

「ルールなので特に厳しい制限だとは思っていません」(張本)

 国際大会で結果が出始めているのも、ようやくEA事業が芽吹いてきた証拠にほかならない。平野氏は「子供たちは一生を懸けてEAに来ていますからね。ここにきて世界王者が出てきました。まだ見ていないのは五輪のメダルだけですね」と東京大会に向けて、いっそう気を引き締めている。

★出色の教育プログラム=EA事業で興味深いのが教育プログラムだ。アスリートヴィレッジでは独自に「英会話教育」「栄養教育」「SNS研修」などが行われているが、その中でも「言語教育」「言語技術教育」は出色と言える。「言語教育とは語彙力の強化のこと。言語技術教育とは、その言葉を使って論理思考を養います。例えば『カナダの国旗を説明しなさい』とお題が出される。それを形、模様、色彩などに分類して説明するのです。人間が思考するときは言葉によって行うので、言葉、そしてその使い方を教える。すると競技で課題が見つかったときに、自分で考えて克服できるようになるのです」(平野氏)言語技術教育を受けたEA生は「脳みそが沸騰する」と悲鳴を上げるとか。だが、確実に力になりそうだ。