天才少女「福原愛」を生んだ名物パパの英才教育と戦略

2013年10月18日 11時00分

福原(右)と父・武彦氏(2002年のアジア大会で)

 卓球の福原愛(24=ANA)の父・武彦氏が膵臓がんのため6日に死去したと16日、福原の所属事務所が発表した。享年71。書面でコメントを出した福原は2008年末から一度も会っておらず、電話やメールでのやりとりすらなかったことを明かしたうえで「父がいなければ私は生まれてくることもなかったですし、今の成長した私があるのも、多くの方が応援してくださる環境があることも、父の影響によるものが少なくありません。そういったことについては、父に感謝しております」とした。

 福原が天才少女として名をはせた裏には、大胆な発想と行動で強化を進めた父の存在があった。練習方針はもちろん、小学低学年のうちから移動中の高速道路の車内で“特訓”。すべての対向車のナンバーと地名を読ませ、動体視力と記憶力を養わせるなど、生活のすべてを卓球につなげた。

 04年アテネ五輪、08年北京五輪ごろまでは武彦氏が“参謀役”だった。しかし、09年ごろからその関係が変化したようだ。複数の関係者によれば、福原はそれまで絶対的な存在だった父から完全に自立を模索。新たな強化方法で戦う道を選んだという。

 幼いころから英才教育を施してきた父と大人になった娘。想像以上の感情的な行き違いもあったということだろう。武彦氏は近年も福原が出場した試合会場に姿を見せることがあったが、誰とも接触することなく、最上階の席からただ試合を見つめていたという。

 福原は昨年のロンドン五輪女子団体で悲願の銀メダルを獲得。名物パパだった武彦氏の喜びも想像に難くなく、今後も娘の活躍を天国で見守るはずだ。