バルセロナ五輪平泳ぎ金メダル・岩崎恭子氏にトビウオジャパンの現状を聞く 萩野公介の“再輝”は十分にある

2020年07月28日 14時00分

(左から)岩崎恭子氏、萩野、瀬戸

【どうなる?東京五輪・パラリンピック(88)】 決して負の面ばかりではなさそうだ。新型コロナウイルス禍で、東京五輪は史上初の1年延期となった。急きょ生まれた“空白の期間”は選手たちに大きな影響をもたらしそうだが、2人の五輪王者は競泳界の今後をどう見ているのか。アテネ五輪金メダル柴田亜衣氏(38)の前編に続く後編では、1992年バルセロナ五輪女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子氏(42)を直撃。不振にあえぐ日本の大黒柱は復活できるのか? トビウオジャパンの現状を聞いた。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、真夏の祭典は1年後に延期となった。さらに世界保健機関(WHO)は「パンデミック(世界的な大流行)の終息からは程遠い」との姿勢を示しており、通常通り行えるかどうか、不透明な状況が続いている。岩崎氏は「先が見えない」と表情を曇らせる一方で、五輪経験者として「私は東京五輪・パラリンピックが見たいと心から思っている」と開催を強く願う。

 そんな岩崎氏のイチオシ選手は、個人メドレー2種目で五輪切符を手にしている日本のエース、瀬戸大也(26=ANA)だ。

 延期が決まった直後は、動揺した様子も見られたが「メンタルが大丈夫かなっていう心配はしていない。悩んだりとかしながら前に進もうとしている」と太鼓判。1年後の大一番では「本人が望むような結果になってほしい。金メダルが本人の一番望んでいることだと思うので、それを見たい」とエールを送った。

 瀬戸の同級生でライバルの萩野公介(25=ブリヂストン)にも大きな期待を寄せる。前回の2016年リオ五輪では、男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得すると、200メートル個人メドレーで銀メダル、800メートルリレーで銅メダルと3色をコンプリート。ところがその後は自分の泳ぎを見失って不振から抜け出せず、東京五輪出場に黄信号がともっている。

 本人は「(今夏に東京五輪があったら)正直厳しい部分はあった」と思わず本音を吐露することもあったが、岩崎氏は「あまり本音を言うタイプじゃなかったので、それはすごくよかった。殻を破ったと思う」と逆に成長ぶりを実感したという。「すごくセンスを持った選手。なかなかあんな泳ぎにセンスがある選手はいない。だからこそ前回も金メダルが取れて、高校生で出た(12年)ロンドン五輪でも銅メダル(400メートル個人メドレー)が取れたと思う。もう一度輝く可能性は十分にある」と指摘した。

 女子の注目は、昨夏の世界選手権400メートル個人メドレー銅メダルの大橋悠依(24=イトマン東進)だ。女子の個人メドレーでは、リオ五輪で100メートル背泳ぎを含む3冠を達成した“鉄の女”カティンカ・ホッスー(31=ハンガリー)が圧倒的な強さを誇っていることから、岩崎氏も「ホッスー選手は強い。ちょっと次元が違う」と苦笑い。それでも「タイプが違うホッスー選手と大橋選手の対決っていうのは、何があるか分からない。強いながらにもやっぱりその時の体調だったりとか、調整の仕方とかで全然違ってくる」と言い「(普段指導を受ける)平井伯昌コーチ(57)がついているから何かしら作戦は立てていると思う。勝つのは簡単じゃないけど、大橋選手はもしかしたらと思わせてくれる存在」と声を大にした。

 では、あの選手はどうなのか。白血病からの復帰を目指す池江璃花子(20=ルネサンス)は3月からプールで段階的に泳ぎ始め、新たな一歩を踏み出した。今月23日には国立競技場で行われた五輪1年前イベントにも登場。岩崎氏は「一般常識的なことを言うと、やっぱりあれだけ休んでいて、体重も落ちてしまうと簡単なことではないと思う。それでも期待をさせてくれる、それが池江選手ですよね」とべた褒めする。池江は10月の日本学生選手権でのレース復帰を目指しており、その先の24年パリ五輪出場が目標だ。東京五輪は視界に入っていないとはいえ、金メダリストがうなるほどの才能を秘めている。その存在感はトビウオジャパンに好影響を及ぼしそうだ。

 日本の競泳陣では五輪内定者は瀬戸だけだが、昨夏の世界選手権男子200メートル自由形で日本人初となる銀メダルを手にした松元克央(23=セントラルスポーツ)、リオ五輪男子200メートルバタフライ銀メダルの坂井聖人(25=セイコーHD)らメダル候補は多い。過去の五輪で日本競泳界が最も多くの金メダルを獲得したのは、1932年のロス五輪での5個。岩崎氏も「4~5個ってなかなか取れる数字じゃない」と話すが、来夏の大舞台で会場の東京アクアティクスセンターに“神風”を吹かせられるか。

 ☆いわさき・きょうこ 1978年7月21日生まれ。静岡県出身。中学2年で出場した92年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ決勝で2分26秒65の五輪新記録(当時)を叩き出し、競泳史上最年少(14歳6日)で金メダルを獲得。日本中の注目を一身に集めた。その後は、中傷などによる重圧等に打ち勝ち、96年のアトランタ五輪にも出場を果たした。20歳で引退後は、児童の指導法を学ぶために米国へ留学。現在は夢だった母親として子育てをする傍ら、指導者やコメンテーターとしても活躍している。