【東京2020 パラヒーローズ 見据える先に描く夢とは(3)】パラリンピックの競泳で金15、銀3、銅2と合計20個のメダルを獲得した成田真由美(49)が再び注目を集めている。間もなく50代を迎えるにもかかわらず、東京パラリンピックを目指す「水の女王」の胸中に迫った。

「私は歩けるころ、泳げなかったんです」。いまやパラリンピックのレジェンド的存在だが、意外にも泳ぐことは苦手だったという。

 13歳で脊髄炎を発症。両下肢まひとなり、車いす生活を強いられた。しかし、23歳で運命の出会いが訪れた。友人から「リレーのメンバーが一人足りないから水泳大会に出場してほしい」と頼まれたのだ。「試合が仙台であったので、仙台に行けたら牛タンなどのおいしいものが食べられるっていう軽い気持ちで水泳を始めちゃった(笑い)」。それでも「泳げるってこんなに水の中で自由なのかなってうれしくてワクワクしちゃって、とにかく泳ぎたくて泳ぎたくて、毎日プールに行ってましたね」と気づけば水泳の魅力に取りつかれていた。

 すると、2年後のアトランタパラリンピックでいきなり金メダルを2個奪取。2016年リオ大会までパラリンピックには5度出場し、計15個の金メダルを手に入れた。成田は「きっかけがなければ大好きなままで終わっていたので、パラリンピックに行くこともなかったと思います」と振り返る。

 パラリンピックが成田の人生を大きく変えたからこそ、東京パラリンピックへの思いも人一倍強い。08年に第一線を退いたが「(13年9月に)東京に決まった瞬間に日本が変わるチャンスだし、日本を変えないといけないなって。パラはまだ知名度も低いので、パラを盛り上げたいなと思ったときに選手に戻ろうって思っちゃったんですよ」と復帰を決意。大会で何度も海外を訪れる中で「日本は障がいを持っている人たちが外に出にくい社会」と感じたからこそ、自ら音頭を取った。

 現在は東京パラリンピック出場へ向けて、50メートル背泳ぎ(S5)に絞って練習に励んでいる。派遣標準記録はまだ突破できていないが「目の前にあるものに挑戦したい」と気合は十分だ。有終の美を飾るために、レジェンドは最後まで諦めずに戦い続ける。

 ☆なりた・まゆみ 1970年8月27日生まれ。神奈川県出身。23歳で競泳を始め、パラリンピックにアトランタ、シドニー、アテネ、北京と4大会連続出場。金15個、銀3個、銅2個、計20個のメダルを獲得した。一度は第一線を退いたが、復帰して2016年リオ大会で通算5度目の出場を果たした。昨年の世界選手権にも出場。「人生はつらいことよりも楽しいことが多い」がモットー。174センチ、53キロ。