大鵬 家族への負担は想定外だった

2013年01月27日 10時00分

大鵬追悼 綱の道外伝(下)

 19日に死去した元横綱大鵬の納谷幸喜氏(享年72)が生前に本紙インタビューで告白した秘話や本音を“追悼公開”する「綱の道 外伝」。最終回は「大鵬フィーバーの裏側」だ。時代は昭和の高度成長期、圧倒的な強さで勝ち続ける大鵬の勇姿に国民は熱狂し「巨人、大鵬、卵焼き」の言葉も生まれた。その一挙手一投足に注目が集まるなか、納谷氏の家族には思いもよらぬ影響が及んでいた――。

 

 大鵬フィーバー真っただなかの1960年代。国民の熱狂の渦は、急速に家族をも巻き込んでいく。それは納谷氏自身にとっても、思いもよらぬことだった。ある日の夜、兄の幸治さんを誘って酒を飲みに出かけたときに「事件」は起こった。

 

 納谷氏は「一杯飲みにいくと、必ず行った先の店で『アーッ、大鵬さんが来た!』となる。兄貴が嫌そうな顔をするんで『何が嫌なの?』と聞いたら『俺はお前のおかげで悪いことひとつもできないじゃないか! どこへ行っても“大鵬さんの兄貴だ”と言われるし、やりたいことが何もできない。俺はお前の父親か!!』ってガーッとくるわけだよ。それで大ゲンカになった」。

 

 兄の幸治さんとて、たまには酒を飲んでハメを外したい気分になる時もあるだろう。しかし、すでに国民的スターとなっていた「大鵬の兄」という十字架が心に“ブレーキ”をかける。幸治さんの日々の生活は息苦しいものになっていたのだ。母のキヨさんにも、こんなことがあったという。「観光地なんかに行っても、周りの人は身勝手だからね。おふくろに対しても夜中になって『今から出てこい!』と言われたことがあった」

 

 ほかにも、絶えず周囲の好奇の目にさらされることで長女が相撲嫌いになったエピソードは有名だ。納谷氏は「横綱になってみると、身内の者は大変だなと。その苦労がよく分かったよ。それに、応援してくれる人ばかりじゃない。中には反対派(アンチ)もいるからね」。大鵬には国民的人気による重圧をはねのけて勝ち続ける精神力があったが、家族に与える心理的な負担までは想定外だった。

 

 日本相撲協会を離れた後も納谷氏のもとには講演や取材の依頼が途絶えず、相撲界の枠を超えて大きな存在感を保ち続けた。「もう(現役を引退してから)40年にもなるんだよ。いつまでたっても私が(大相撲の)“売り”じゃいけないんだ。もう私のことは忘れてほしいくらいだ。本当だよ。まあ、新しいスターが出てこないからな…」

 

 角界では若貴ブーム以降、真の意味での国民的ヒーローは生まれていない。そして、この先「第2の大鵬」が現れることも、おそらくないだろう。(終わり)