大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ヶ浜)が10月の秋巡業中に幕内貴ノ岩(27=貴乃花)に暴行を加えた騒動で、当時の衝撃的な状況が判明した。ビール瓶だけでなく、素手で30発殴打したというもので、日馬富士は事実を認めて謝罪。一方で協会側は貴ノ岩の師匠の貴乃花親方(45=元横綱)の“不可解”な動きに困惑している。当面は日馬富士への処分を保留し、危機管理委員会を招集して真相究明に当たることになった。角界を揺るがす“謎多き”大騒動の深層は――。

 日馬富士の「暴行疑惑」が明らかになった14日、角界が大混乱に陥った。日馬富士は朝稽古後に暴行の事実を認めた上で「このような貴ノ岩のケガについて貴乃花親方、貴乃花部屋の後援者の関係者の皆さま、相撲協会、うちの部屋の親方(伊勢ヶ浜親方)に大変な迷惑をかけて深くおわび申し上げます」と謝罪。九州場所を途中休場することになった。

 相撲協会も朝から慌ただしく対応に追われた。福岡国際センターで午前10時前に、協会執行部が伊勢ヶ浜親方(57=元横綱旭富士)から事情聴取した。その後に伊勢ヶ浜親方は日馬富士を連れて福岡・田川市の貴乃花部屋宿舎に謝罪に出向いたが、到着直後に貴乃花親方を乗せた車が急発進。伊勢ヶ浜親方が「行っちゃった…」と言って、ぼうぜんと見送る場面もあった。

 協会は午後1時過ぎに貴乃花親方から個別に事情を聴いた上で、その後に伊勢ヶ浜親方を加えて両師匠が対面。伊勢ヶ浜親方が貴乃花親方に深々と頭を下げて謝罪した。ただ、これで一件落着とはならなかった。すでに貴乃花親方は事件が起きた巡業先の鳥取県警に被害届を提出。貴乃花親方は事実の真相究明を理由に、被害届を取り下げない強い意思を表明した。

 今回の一件では暴行を加えた日馬富士に全面的に非があることは間違いない。酒に酔って貴ノ岩をビール瓶で殴ったとされ、品格が重要視される角界の最高位にある者としては言語道断。ただ、協会サイドは貴乃花親方の“不可解”な動きに困惑していることも確かなのだ。

 暴行騒動が起きたモンゴル出身力士による酒席が開かれたのは、巡業先の鳥取へ入った25日夜から26日未明にかけてとみられる。貴乃花親方が被害届を提出したのは、その2、3日後であることが確認されている。

 しかし、貴ノ岩は26日の鳥取巡業で通常通りに割(取組)に参加。その後の巡業にも出場している。貴ノ岩が福岡市内の病院に入院したとされる3日前の11月2日には田川市役所を表敬訪問した。ネット上では、その日の朝に部屋で稽古をする貴ノ岩の姿が写真付きで紹介されている。鳥取県警から相撲協会に事実確認の問い合わせの連絡が入ったのは、その2日のことだ。

 翌3日には危機管理部長の鏡山親方(59=元関脇多賀竜)が両師匠から電話で事情聴取を行ったが、ともに言葉を濁して事実を十分に把握していない様子だったという。それならば、なぜ貴乃花親方は事件発生直後に警察に被害届を提出したのか。角界内では「前回の理事長選で対立した今の執行部を信用していないのだろう」(ある親方)との見方もある。

 昨年1月に行われた理事長選で貴乃花親方は八角現理事長(54=元横綱北勝海)と激しく対立し、大きなしこりを残した。今回招集された危機管理委員会も、当然ながら八角理事長の指揮下にある。騒動の事実解明をあえて“第三者”の警察に委ねる理由は、現執行部への不信感にあるとの見立てだが…。現時点で真相は闇に包まれている。

 その善しあしは別にして、これまで力士間のトラブルは師匠同士の話し合いで決着をつけてきた角界内の慣例がある。協会執行部の一人は「(貴乃花親方が)最終的に、どこへたどり着きたいのかが分からない」と困惑するばかり。引き続き今後の動向に注目が集まる。

【暴行の全容】問題の酒席には日馬富士のほか白鵬(32=宮城野)、鶴竜(32=井筒)のモンゴル出身3横綱や鳥取城北高相撲部出身の関脇照ノ富士(25=伊勢ヶ浜)、貴ノ岩に加え、日本人力士ら10人前後が参加。1次会から酒のピッチが上がって盛り上がっていたが、2次会へ移ると雰囲気が一変した。貴ノ岩は日馬富士から兄弟子に対するあいさつが足りないなどと生活態度を注意されていた。

 その時、着物の帯に差していた貴ノ岩のスマートフォンが鳴り、操作しようとした瞬間、日馬富士がテーブルにあるビール瓶で、貴ノ岩の頭部を思い切り殴打。「人が話をしている時に…」と激怒し、流血して倒れた相手にのし掛かるようにしながら素手で激しく殴打を繰り返した。

 同席者は「周りが気付かないほどの速さで『ゴーン!』という大きな音が聞こえた。そのまま20~30発は手で殴っていた。貴ノ岩は両手で防ぎながら、殴られ続けていた」と証言。騒動の中で日馬富士の同部屋の後輩、照ノ富士も数発食らったという。暴行の最中に止めに入った白鵬を突き飛ばし、後輩横綱の鶴竜には「おまえがしっかり指導しないからだ」と大声で言った。宴は重苦しいムードのまま終わった。

 角界関係者の間では、日馬富士の酒癖の悪さは何年も前から指摘されていた。ある40代の親方は「あの横綱は酔うと手が付けられなくなると聞いていた。でもまさかこんなことになるとは…」と驚いていた。