琴奨菊 初Vまでの「心技体」秘話 祐未夫人が婚姻届提出に“物言い”

2016年01月26日 06時00分

祐未夫人(右)から祝福のキスを受けた琴奨菊

 大相撲初場所千秋楽(24日、東京・両国国技館)、大関琴奨菊(31=佐渡ヶ嶽)が大関豪栄道(29=境川)を突き落としで破り、14勝1敗で悲願の初優勝を果たした。日本出身力士が賜杯を抱くのは、2006年初場所の大関栃東(現玉ノ井親方)以来実に10年ぶり。和製大関が、ついに国技の「暗黒時代」に終止符を打った。31歳11か月での初Vは、年6場所制となった1958年以降3位の年長記録。遅咲きの男が賜杯にたどり着くまでの「心技体」の秘話を紙上公開する。

 琴奨菊が豪栄道を破り、自力で初Vを決めた。表彰式の優勝インタビューでは「言葉に表せないくらいうれしい。なかなか成績を残せなかったつらい時も、たくさんの方々に応援していただいて、こうして立っていることがすごくうれしい」と心境を吐露。綱取りに挑戦する来場所に向けて「自分の相撲をやり切ったらできるという自信がついた。頑張っていきます」と力強く宣言した。

 大関昇進後の琴奨菊は8勝や9勝どまりが大半。カド番も5回経験している。今回のような狂い咲き…いや、遅咲きの大輪を咲かせた理由は何なのか。まず体力面では、半年ほど前からトレーナーに指導を仰いで体幹を重点的に強化。また、技術面でも改良を加えていた。以前は出足の速さを逆手に取られて変化を食らうこともしばしば。今は相手の動きに柔軟に対応できる自在性を身につけている。

 琴奨菊は「立ち合いの瞬間、こぶしに力を入れすぎると肩にまで力が入ってしまう。固くなると体の動きに“遊び”がなくなって相手の変化にも対応できなくなる。だから、こぶしは軽く握るくらいでいい。野球選手も肩の力を抜いて打席に入る。ボールをとらえるときに力がマックスになる」と明かす。土俵外では、地元福岡のプロ野球ソフトバンクの選手ら他ジャンルのアスリートと積極的に交流。こうした経験が相撲にも生かされている。

 精神面では祐未夫人と結婚したことが大きな支えとなった。今月30日の32歳の誕生日には都内で結婚披露宴を控えている。本紙でも祐未夫人の“究極”の献身ぶりを伝えたが、琴奨菊いわく「自分は私生活が相撲に出るタイプ」。昨年2月20日に会見を開き、婚約を発表。実は琴奨菊は、婚約会見を終えたその足で役所へ婚姻届を提出するつもりだった。ところが、祐未夫人からまさかの“物言い”が付いたという。

 琴奨菊「会見が終わったら、婚姻届を出しに行こうと思うんだけど」

 祐未夫人「ダメ! まだ、結納もしてないんだよ。それが終わってからにしたほうがいいよ!!」

 琴奨菊「……」

 琴奨菊は思わず先走ってしまった自らの軽率な考えを反省すると同時に、祐未夫人の結婚に対する真剣さを痛感。この一件を機に、互いの絆が一層深まったことは言うまでもない。昨年7月には結納を終えて無事に入籍。その愛は今も変わらない。琴奨菊の父・一典さんが祐未夫人の12月2日の誕生日前に欲しいプレゼントを尋ねると「フライパン」と即答。夫のための手料理を作るための品物だった。

 琴奨菊は「夫婦ゲンカなんかもしたことがない」。今場所中、祐未夫人は結婚式の最終的な準備に追われて国技館に足を運ぶことはなかったが、この日の晴れ舞台では夫の雄姿を見届けた。琴奨菊は都内で開かれた部屋の祝勝会で「私の一番の支えは妻の祐未です。15日間、一緒に戦ってくれて、ありがとう!」と改めて愛妻への感謝の言葉を述べた。

 春場所(3月13日初日、大阪府立体育会館)では初の綱取りに挑む。32歳を目前にして「心技体」が揃った琴奨菊。どちらかというと地味な存在だった大関が、脚光を浴びることになりそうだ。

☆琴奨菊和弘(ことしょうぎく・かずひろ)=本名・菊次(きくつぎ)一弘。1984年1月30日生まれ。福岡・柳川市出身。小学3年の時に祖父の影響で相撲を始め、相撲留学した高知・明徳義塾中、高から2002年初場所初土俵。05年初場所新入幕。07年春場所新関脇。11年秋場所後に大関昇進を決めた。殊勲賞3回、技能賞4回。得意は左四つ、寄り、押し。179センチ、180キロ。