【取材の裏側 現場ノート】大相撲名古屋場所(10日初日、愛知県体育館)は連覇に挑む横綱照ノ富士(30=伊勢ヶ浜)や元大関朝乃山(28=高砂)の復帰、東大から初めて力士となった須山(24=木瀬)の序ノ口デビューと見どころが多い。そうした中、記者は新入幕の錦富士(25=伊勢ヶ浜)にも注目している。

 新番付が発表された先月27日に錦富士は「25歳ぐらいでの関取昇進を目標にしていて、幕内に上がったのが25歳だったのでよかった」と率直な感想を語っていた。青森・三本木農高から近大を中退して角界入り。2016年秋場所の初土俵から約6年で入幕を果たしたが、ここに至るまで大きな試練を乗り越えてきた。

 19年秋場所は当時自己最高位となる東幕下3枚目の地位で、新十両昇進が目前に迫っていた。しかし、明瀬山(木瀬)と対戦した2番相撲で左ヒジを負傷。その後、負け越しが決まった時点で途中休場し、翌九州場所は全休した。

 ケガの具合はかなり深刻だった。伊勢ヶ浜部屋専属トレーナーの篠原毅郁氏は「骨に付いている靱帯がめくれてしまうようなイメージ。重症だったんです」と振り返る。想像するだけで痛々しいが、実は力士生命の危機を迎えていたという。

 篠原氏が続ける。「彼は手術を3回受けているんです。本人にも全て終わった後に話したんですが、手術前は『もしかしたら現役を続けられないかもしれない』という状態でした」。それでも術後にPRP療法に取り入れるなど、周囲のサポートと本人の努力で再び土俵に立った。そして一昨年春場所に幕下優勝、先場所は十両優勝と結果を残し、着実に番付を上げてきた。

 ケガとの向き合い方はヒザに不安を抱える横綱から学んだ部分もあるようだ。

 篠原氏は「私が部屋で一番長く治療するのは横綱と錦富士ですよ。自分の体に関しては本当にシビア。横綱の血を引いていると思います」と証言。また、錦富士自身も「ケガをして苦しい時期からずっと励ましていただいて、体づくりのところでトレーニングや食生活についても教えていただいた」。続けて「数場所前から『幕内でやれる力はあるから自信をもって、あとは自分の相撲を取るだけだ』と言ってもらっている」と感謝していた。

 もともと左四つだが、師匠の伊勢ヶ浜親方(元横綱旭富士)は「左ヒジをケガしたが、右でまわし取って相撲できるし、突き押しもできるようになってきた」と日々成長を実感。錦富士は「ようやくスタートラインに立てた。一日一番の積み重ねが勝ち越しや2桁(白星)、三賞につながっていけば」と力を込めた。

〝引退危機〟のケガを乗り越えた25歳が幕内土俵で実力を発揮する姿が楽しみだ。

(大相撲担当・小松 勝)