大相撲秋場所13日目(26日、東京・両国国技館)、新入幕の逸ノ城(いちのじょう=21、湊)が横綱鶴竜(29=井筒)をはたき込みで撃破。1973年の大錦以来41年ぶりとなる新入幕金星の快挙をやってのけた。ザンバラ髪の新顔が上位陣をなぎ倒す姿に、ファンは大興奮。日本相撲協会にとっても“うれしい誤算”となる一方で、協会内で指摘されていた不安が的中することに…。「怪物旋風」の舞台裏を追った。


「モンゴルの怪物」の快進撃が止まらない。鶴竜を立ち合いの変化からはたき込みで“瞬殺”した逸ノ城は「(変化は)昨日から決めていた。うれしいです」と、してやったりの表情。2大関を連破したのに続き、横綱まで粉砕してしまった。新入幕の金星は実に41年ぶり。全勝の横綱白鵬(29=宮城野)に土がつき、優勝争いでも1敗同士で肩を並べた。1914年5月場所の両国以来100年ぶりとなる新入幕Vへの期待も膨らんでいる。


 今場所は横綱日馬富士(30=伊勢ヶ浜)が右目の「眼窩内壁骨折」で5日目から途中休場。新大関の豪栄道(28=境川)、大関稀勢の里(28=田子ノ浦)ら他のV候補も次々と賜杯争いから脱落した。相撲人気の回復で国技館は連日の大入り満員となる一方、肝心の優勝争いが盛り上がらない展開になりかけていた。


 それだけに、相撲協会にとっても逸ノ城のV争いは、うれしい誤算。ただ、ここからは協会でさえ予想もしない展開となった。大相撲の本場所は番付にかかわらず、15日間の勝利数で優勝者を決める。幕内の下位力士が星を伸ばした場合は、後半戦に上位との対戦が組まれるのが慣例。優勝争いの公平性を保つためだ。ただし、通常なら東前頭10枚目の逸ノ城が横綱と対戦することはない。


 前頭上位→関脇・小結→大関と対戦していくうちに、どこかで黒星を喫するからだ。ところが逸ノ城は上位陣を相次いで撃破。2大関まで倒してV争いに残り続けたことで、ついに横綱と当てざるを得ない状況となった。その結果、この日は鶴竜、14日目には白鵬との対戦が実現。取組を編成する審判部長の伊勢ヶ浜親方(54=元横綱旭富士)は「どうやったら、いい取組を見てもらえるかを考えた」と説明した。


 いまや「怪物」と「横綱」の対決は誰もが見たい“黄金カード”。ファンを重視した審判部の決定は好判断に違いない。ただ一方で、角界内には波紋も広がっている。「優勝がかかっているといって、ザンバラを横綱に当ててしまっていいのか。万が一、横綱が簡単に負けるようなことになったらどうする」(協会関係者)と危ぶむ見方があるからだ。


 言うまでもなく、横綱は「最強力士」を意味する特別な称号。格下に負ければ館内に座布団が乱れ飛ぶのも「勝って当たり前」と認識されているためだ。その横綱がまげすら結えない「半人前」にあっさりと負けてしまえば、綱の権威そのものに大きな傷がつきかねない。そして、不安は現実のものとなった。


 大相撲の歴史に“汚点”を残した格好の鶴竜は「すいません。言うことはないです…」とショックをあらわに。師匠の井筒親方(53=元関脇逆鉾)も「協会に申し訳ない。横綱が止められなかった。面目ない」と謝罪の言葉を繰り返した。これまで角界で唯一絶対の基準だった番付の「ヒエラルキー」は、怪物の出現で大きく揺らいでいる。