稀勢 部屋移転直後に起きていた“異変”

2014年01月17日 16時00分

稀勢の里(左)は碧山の突きに顔をゆがませて完敗

 大相撲初場所5日目(16日、東京・両国国技館)、大関稀勢の里(27=田子ノ浦)が平幕の碧山(27=春日野)に一方的に押し出される完敗。序盤戦で早くも2敗目を喫し、2度目の綱取りはほぼ絶望的な状況となった。昨年末には千葉・松戸の旧鳴戸部屋から東京・墨田区へ電撃移転。その直後から稀勢の里が周囲に見せていた“異変”とは――。

 

 

 平幕に完敗を喫した稀勢の里は取組後、何を問われても無言。序盤の5日間で早くも2敗目を喫した。綱取りの条件は「13勝以上での優勝」。わずかに可能性を残すとはいえ、ほぼ絶望的と言っていい。

 

 理事長代行を務める九重親方(58=元横綱千代の富士)は「2敗したら(優勝は)もうないだろう」と事実上の終戦宣言。審判部長の鏡山親方(55=元関脇多賀竜)も「もう終わりだ」と断言した。

 

 なぜ期待の和製大関は、もろくも崩れ去ったのか。実は今場所に臨むにあたって、稀勢の里の態度に“異変”があったという。昨年末には所属部屋の「移転騒動」に見舞われた。師匠の田子ノ浦親方(37=元幕内隆の鶴)は2011年11月に13代鳴戸親方(元横綱隆の里)が急死すると、14代鳴戸親方に就任。ところが、その後も13代の遺族は「年寄名跡証書」(親方になるための権利書)を保有し続け、最後まで受け渡しに応じなかった。

 

 最終的に14代は鳴戸部屋の存続を断念し、昨年12月25日に「田子ノ浦」へ名跡変更。翌26日には千葉・松戸の旧鳴戸部屋から東京・墨田区に電撃移転した。前代未聞の“お家騒動”で、所属力士の間に動揺が広がってもおかしくない異常事態。しかし実際には、力士らの間には安堵感が広がっていたという。13代の遺族との全く先行きが見えなかった闘争が終わり、新生田子ノ浦部屋として再スタートを切れたからだ。

 

 懸念材料の解消は、本来ならプラス材料に違いない。一方で、今場所に臨む稀勢の里の姿勢に変化があったことも事実。事情に詳しい関係者は「稀勢の里の表情も目に見えて明るくなった。驚いたのは、冗談まで口にするようになったこと。今までそんな態度を見せることはなかった」と証言する。

 

 それまで常に仏頂面を浮かべ、逆境をも耐え忍んで古武士のような姿勢で臨んできた。それが稀勢の里の大きな魅力でもあったが、果たして今回の変化が好影響を及ぼしたのかどうか。勝負事の難しさが、ここにある。

 

 またしても、大きな期待を裏切った和製横綱候補。再びチャンスを得ることができるのか。