“ミラクルV字回復”の終着点は――。大相撲7月場所(東京・両国国技館)で幕内照ノ富士(28=伊勢ヶ浜)が奇跡の復活優勝を果たした。両ヒザの故障や内臓疾患で番付は大関から序二段まで転落。引退危機を乗り越えて、2度目の賜杯をつかみ取った。土俵の世代交代が進みつつある中、元大関が改めて実力を証明。その裏では「大変心」も見せており、他の20代の大関候補をごぼう抜きにして、再び看板力士の座に返り咲く可能性も出てきた。


 7月場所千秋楽(2日)で照ノ富士が関脇御嶽海(27=出羽海)を寄り切って5年ぶり2度目の賜杯を手にした。30場所ぶりの優勝は琴錦(元関脇、現朝日山親方)の43場所に続く史上2番目のブランクV。大関経験者が関脇以下で優勝するのは1976年秋場所の魁傑以来で、昭和以降2人目。序二段まで落ちた元大関では初の快挙だ。 

 照ノ富士は「いろんなことがあったんですけど、こうやって笑える日がくると信じてやってきた。本当にうれしいです」。ここまでの長い道のりを思い出しながら、喜びをかみしめた。初優勝した2015年夏場所後に大関に昇進。横綱候補と見られていたが、両ヒザの故障や内臓疾患で序二段まで転落した。師匠の伊勢ヶ浜親方(60=元横綱旭富士)に何度も引退を申し出たが、強く慰留されて思いとどまった。

 かつては、やんちゃなキャラクターで知られた。元横綱朝青龍(39)の“酒豪伝説”に触発され、本場所中にネオン街に繰り出していた時期もある。だが、今は違う。イケイケで怖いもの知らずだった青年は、地獄を見たことで大人の力士へと脱皮。新型コロナウイルスで外出自粛が通達される中、自宅にこもって黙々とエアロバイクをこぐなど復活への地道な努力を続けた。

 照ノ富士は「(外出自粛は)ストレスになってない。逆に“何でストレスになる人がいるの?”ってぐらい。それ以上のことを見てきているから。外に出たりして(新型コロナが)うつったら、周りにも迷惑になる。自分としても、やっとここ(幕内)まで来られたのに“なんでこんなバカなことしたんだろう”って後悔する」と言い切った。

 もちろん、これで復活ロードが終わるわけではない。今回の優勝で注目すべきは、まだ照ノ富士の両ヒザの状態が万全ではなかった点だ。審判部副部長の高田川親方(53=元関脇安芸乃島)は「ケガをする前のほうが全然、力は上だ」と証言。師匠の伊勢ヶ浜親方も「まだケガと闘っている最中」と回復途上であることを認めている。

 にもかかわらず、今場所は新大関の朝乃山(26=高砂)、大関候補で2度の優勝経験のある御嶽海を相次いで撃破して優勝。地力の違いを見せつけた。逆に言えば、世代交代を果たすべき力士たちの力がまだまだ元大関に及ばなかったことを意味しているのだ。

 今場所は御嶽海、関脇正代(28=時津風)、小結大栄翔(26=追手風)の三役3人が11勝を挙げ、大関取り(関脇・小結の地位で3場所合計33勝以上が目安)の起点を築いた。照ノ富士も次の秋場所(9月13日初日、両国国技館)では幕尻の東前頭17枚目から大きく番付を上げることが確実だ。元大関が幕内上位でも20代の大関候補たちを蹴散らせば、数場所後には彼らを差し置いて看板力士に返り咲いている可能性もある。

 その照ノ富士は来場所以降へ向けて「自分の全力を出し切って、やれるところまでやりたい」。奇跡の復活優勝を果たした男が、今度は大関復帰の“超奇跡”を起こすのか。その動向に注目だ。