【大相撲】2011年 緊迫!技量審査場所の裏

2020年06月01日 16時40分

放駒理事長(中央)は初日の協会あいさつで謝罪した

【東スポ60周年記念企画 フラッシュバック(5)】大相撲夏場所が新型コロナウイルスの影響で開催中止となった。7月場所は愛知県体育館から東京・両国国技館へ会場を変更し、春場所に続いて無観客開催を目指すことになったが、大相撲が通常開催できなかったことは過去にもある。創刊60周年を迎えた本紙連載「フラッシュバック」は、何もかもが異例ずくめの状況の中で行われた9年前の「技量審査場所」に焦点を当てた。異常事態の角界では何が起こっていたのか。中心にいたのは、やはりあの横綱だった――。

 2011年5月8日。「大相撲5月技量審査場所」は独特の緊張感が漂う中で初日を迎えた。関取衆や付け人らは携帯電話の持ち込みを禁じられ、国技館の入場門付近には預かり所が設置された。東西の支度部屋内や土俵近くには監察委員の親方衆が配置され、力士たちの動きに目を光らせた。厳戒態勢が敷かれた当時の物々しい様子は、本紙でも詳細に報じている。

 3か月前の2月初旬、大相撲は未曽有の危機に直面していた。野球賭博事件に関連して警視庁が押収した力士らの携帯電話に、八百長相撲をうかがわせるメールが残っていたことが発覚したのだ。国技の根幹を揺るがす事態を重く見た日本相撲協会は3月の春場所の中止を決定。大相撲の長い歴史の中でも、不祥事による本場所中止は初めてのことだった。

 相撲協会は4月、八百長への関与が認定された力士を角界から追放する処分を下した。その上で、八百長問題の調査が完了していないことなどを理由に5月場所の通常開催を断念。入場券販売は行わずに無料開放し、天皇賜杯をはじめ外部表彰、懸賞を辞退して実施することになった。角界が本気で生まれ変わる姿勢を示す意味でも、興行色の排除は不可欠な要素でもあった。

 放駒理事長(元大関魁傑)は初日恒例のあいさつでファンに不祥事を謝罪した。しかし、協会トップの思いと裏腹に看板力士による“舌禍事件”が起きた。大関の把瑠都が3日目の取組後に「気合が入らない。見に来ているお客さんには悪いけど、遊びの場所みたい」と発言したのだ。失言につながる伏線はあった。懸賞もなければ、NHKの中継もない。

 通常の場所とは全く異なる状況に戸惑う力士がいたことは事実だった。しかも、この日の把瑠都は初黒星を喫して投げやりな態度になっていた上、エストニア出身で日本語の微妙な言い回しに不得手な事情もあった。とはいえ、信頼回復に取り組む相撲協会にとって看過できる発言ではない。放駒理事長は翌4日目の取組前、把瑠都を役員室に呼び出して厳重注意を行う事態となった。

 一人横綱の白鵬も、この異例の場所が始まる前までは気持ちが揺れ動いていた時期があった。優勝を目指す上で心の支えとしてきた天皇賜杯を手にする機会が失われ「優勝しなくていいんじゃないの」「記録(7連覇)はどうでもいい」などと“戦意喪失”と受け取れる言葉を口にした。不祥事への一連の対応をめぐって、心の中にわだかまりもあった。

 相撲協会は最終的に25人の力士、親方を角界から追放。調査から処分に至るまでの過程は強引で拙速との印象も与え、親方衆からは不満の声が上がっていた。不正に関与した事実は別にして、苦楽をともにした仲間が土俵を去っていく姿を目の当たりにした関取衆の一部は場所のボイコットを提案。力士会の会長を務めていた白鵬も一時は気持ちが傾きかけた。

 角界内でも横綱のモチベーションの低下が危ぶまれる中、逆に活躍を確信していた人物がいた。師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)だ。本紙記者が不安説をぶつけたところ「大丈夫。いざ場所が始まればきっちり気持ちを切り替えて集中できる子だし、これまでにもやってきたから。昨年の名古屋もそうだった」と強い口調で一蹴。厳しい状況だからこそ、むしろ真価を発揮すると見ていた。

 異常事態の中で行われた場所という点では、前年7月の名古屋場所も同じだった。世間を騒がせていた野球賭博問題の影響で、相撲協会は天皇賜杯などの外部表彰を辞退。NHKの中継も中止となった。前代未聞の事態に、白鵬は「あまりにもやりすぎ。国技を潰す気なのか」と疑問を投げかけた。それでも「こんな場所は二度とない。経験することで大きくなれる」と前向きにとらえて全勝優勝を果たした。

 師匠が“予言”した通り、この場所でも白鵬は協会の看板としての役割を全う。22日の千秋楽、結びの一番で大関魁皇には敗れたものの、13勝2敗で優勝を果たし、春場所の中止を挟んで朝青龍に並ぶ史上最多の7連覇を達成した。白鵬は「とにかく今回は土俵で(信頼を)取り戻すことだけを考えた。結果を出せたし、少しでも取り戻せたのでは。強い者は強いんだということを証明したと思う」と胸に秘めていた思いを明かした。

 大相撲の歴史の汚点となる不祥事で、力士の強さに対する信頼は大きく揺らいだ。その中で、白鵬は誰よりも力を示さなければいけない立場にいたことを理解していた。番付最高位に君臨する者としての責務を果たし、改めて「最強」であることを印象づける場所となった。

【今年の7月場所でも「白鵬の法則」が当てはまるか】大相撲史上初の無観客開催となった3月の春場所も、白鵬が制した。ファンからの声援もなく静まり返る館内の雰囲気に違和感を訴える力士が続出する中、最後まで優勝争いの先頭を譲ることなくV44を達成。改めて特殊な状況下で強さを発揮した白鵬は「いろんな人に『異例な場所ではいつも横綱が締めてくれる』と言ってもらいました」と胸を張った。

 今回の夏場所の中止は11年3月の春場所以来9年ぶり。外的要因による中止は戦災の影響で旧国技館が使用できなかった1946年の夏場所以来となる異常事態となった。次の7月場所(7月19日初日)が東京で開催されれば、年6場所制(58年)以降は初めて。再び異例の場所を迎えることになるが…。

 次も「白鵬の法則」が当てはまるのかに注目が集まる。

 ☆はくほう・しょう 1985年3月11日生まれ。モンゴル・ウランバートル出身。2001年春場所で初土俵、04年夏場所で新入幕。新大関の06年夏場所で初優勝を果たし、07年夏場所後に第69代横綱に昇進した。10年には史上2位の63連勝をマーク。優勝44回、年間最多勝10回、通算1160勝、幕内1066勝は歴代1位。19年9月に日本国籍を取得した。父ムンフバトさん(故人)がレスリング選手として64年の前回東京五輪に出場したことから、東京五輪開催(21年に延期)までの現役続行を目指している。