果たして、無事に終われるのだろうか。新型コロナウイルスの影響で初の無観客開催となった大相撲春場所(大阪府立体育会館)が幕を開け、初日(8日)から異例ずくめの光景が繰り広げられた。一方で日本相撲協会は力士ら協会員に一人でも感染者が出れば、途中でも場所を打ち切りにする方針。一歩でも対応を誤れば世間の批判にさらされる大きなリスクを抱えており、千秋楽(22日)まで一瞬たりとも気が抜けない状況だ。

 異例ずくめの春場所が幕を開けた。大相撲の歴史の中でも初めてとなる完全無観客での本場所開催。触れ太鼓もなければ、力士のしこ名が入ったのぼりもない。力士は会場の裏口から入場し、全員がアルコール消毒を受けた。序の口から幕下、十両へと取組が進行しても、館内は静まり返ったまま。人気力士の登場で大歓声に包まれるはずの幕内や横綱土俵入りも、静寂の中で行われた。

 異例の光景は無観客だけではない。幕内の取組開始前には土俵の周囲に審判部の親方衆と幕内力士42人が整列し、初場所優勝の幕内徳勝龍(33=木瀬)による賜杯と優勝旗の返還式を見守った。続けて行われた協会あいさつでは八角理事長(56=元横綱北勝海)以下が、NHKの中継カメラが設置されている正面方向にだけ礼をした。

 力士たちも、普段とは違う雰囲気を敏感に感じ取っている。今場所で大関取りに挑む関脇朝乃山(26=高砂)は「土俵入りをした時に寂しい気持ちだった。名前を呼んでもらって気合が入る人もいる」。一人大関の貴景勝(23=千賀ノ浦)も「全然、雰囲気が違うし、初めての経験。少し難しいものがあった。それに慣れていかないといけない」と声を揃えた。

 そうした中で日本相撲協会は、力士をはじめ行司、呼び出し、床山、親方衆ら協会員に一人でも感染者が出た場合には途中でも場所を打ち切りにすることを決めている。各部屋に朝晩2回の体温チェックを義務付け、2日連続で37・5度以上の発熱があった時点で休場。平熱の場合でも体の異常なだるさや息苦しさがあれば協会指定の病院で診察を受け、必要に応じて保健所などでウイルス検査を受ける流れになっている。

 この協会の方針をめぐり、角界内では大きな波紋が広がっている。ある親方は「本当に一人でも出たら中止にしてしまうのか。そうなれば、感染者が出た部屋の師匠と弟子がつらい思いをすることになる」と不安視する。

 いくら注意をしても、防ぎ切れないのがウイルスの怖さ。不用意に繁華街をうろつくなどの“問題行動”がない限り、最初の感染者の責任は問えないだろう。一方で、春場所に関わる協会員は900人以上。大関に挑戦する朝乃山のように、今後の相撲人生がかかっている力士もいる。さらに、テレビを通じて数百万人もの視聴者が存在するだけに、春場所全体を中止にする影響は計り知れない。不運にも最初に感染してしまった協会員は、たとえ非がなくても中止が原因で心に深い傷を負うことになりかねないのだ。

 中には、体に異変のある協会員が打ち切りを恐れて報告を避けようとする心理が働く可能性もある。その場合、感染拡大の悲劇を招くことは言うまでもない。それだけに、角界内では今でも「無観客で開催するぐらいなら、中止にしたほうが良かったのでは」(協会関係者)との声は根強いものがある。

 いずれにせよ、春場所が始まった以上は後戻りできない。果たして、相撲協会は本当に一人の感染者も出さないまま、15日間を乗り切ることができるのか。万一、感染者が出てしまった場合に適切な対応ができるのか。千秋楽を迎えるまで、超厳戒態勢が続くことになりそうだ。