角界のニューヒーローはスッキリ誕生とはいかず――。大相撲春場所千秋楽(24日、大阪府立体育会館)、関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)が大関栃ノ心(31=春日野)を一方的に押し出して10勝目(5敗)。審判部は大関に昇進させることを決めた。27日に開かれる臨時理事会での承認を経て正式に「大関貴景勝」が誕生する。1月の初場所で元横綱稀勢の里が現役を引退。貴景勝は新ヒーローとして期待が高まる一方、角界には最後まで昇進の反対意見もあったのは確かだ。大関取りをめぐる舞台裏を追った。

 24日の貴景勝―栃ノ心戦は異例の“大関入れ替え戦”としても注目を集めた。10勝目にリーチをかける貴景勝が勝てば大関昇進が決定的となり、カド番で7勝7敗の栃ノ心は負ければ大関から陥落。逆の結果なら貴景勝の大関昇進は見送られ、栃ノ心は大関に残留…。互いに負けられない大一番は、貴景勝が一方的に押し出す完勝で栃ノ心に引導を渡す格好となった。

 この日の正午、審判部は貴景勝の大関昇進の可否を協議。最終的に「貴景勝が10勝目を挙げれば大関昇進」の結論でまとまった。審判部長の阿武松親方(57=元関脇益荒雄)は取組後に「重圧がかかる中で一方的に持っていった。大関の力があると思う。(審判部内で)いろんな意見が出たが、今日いい相撲で勝てばということで全員が一致した」と説明した。

 しかし、実際には多くの「反対意見」がある中での大関昇進だった。今回の貴景勝は過去の大関昇進と比較して特異な点があるからだ。

 大関取りの目安は三役(関脇・小結)の地位で「3場所合計33勝以上」。貴景勝の場合は2場所前が小結で13勝(優勝)、先場所は新関脇で11勝。今場所の10勝を加えれば合計34勝となり、少なくとも数字上のノルマは達成する。ただ、成績は場所ごとに“右肩下がり”だ。

 相撲協会の幹部は「(2場所前の)優勝も横綱が休場して大関が(不調で)崩れていた。13勝、11勝、10勝…成績が落ちてきている。勝ち方はいいが、負け方も悪い。これでは大関になってから苦労する。賛否両論がある中で上げるのは良くない」と私見を示した。

 審判部の親方の一人も「個人的には(今場所)11勝は欲しいと思う」と本音を漏らしている。

 平成以降、大関昇進を決めた場所で10勝どまりだった力士は稀勢の里だけ。三役での豊富な実績や横綱白鵬を直前6場所で3度撃破した点などが評価された。阿武松親方は貴景勝が1月の初場所で3場所合計33勝を挙げながら大関昇進を見送った理由について「(大関取りの)起点が9勝から始まっているし、三役での実績も加味される。異論? そういうものが何もなく昇進してほしい」と話していた。それだけに角界内では今回の貴景勝の大関昇進について、どこかスッキリしないムードが漂っていることも確かなのだ。

 場所中に母の純子さん(52)へ「大関になる」という決意を携帯電話のメッセージで送った貴景勝は「これで満足せず、一生懸命にやるしかない」ときっぱり。今後は看板力士になる決意を口にした。

 新大関として臨む夏場所(5月12日初日、東京・両国国技館)では地位に見合った成績を残して周囲を納得させることができるのか。22歳の若武者にとって、次の戦いは始まっている。