グレート小鹿 輪島さん悼む「とにかく明るい人だった」

2018年10月09日 17時19分

小鹿会長

 早過ぎる。国内現役最年長記録を更新し続ける大日本プロレスのグレート小鹿会長(76)が、元横綱輪島大士(本名・輪島博=享年70)さんの訃報に声を詰まらせた。

 全日本プロレスOBの小鹿会長はこの日、巡業先の北海道・旭川で訃報に接した。「20年ほど会ってなかったが、驚いた。まあとにかく明るい人だった。陰にこもったところはひとつもなくてな…」と声を詰まらせた。

 輪島さんがプロレスデビューした1986年、小鹿会長はすでにプロモート業も兼任する大ベテランだった。輪島さんはプロ入り直後にもかかわらず、元学生横綱で日大相撲部出身のコネクションを生かして「○○市だったら僕が関係者を紹介しますよ」と気さくにプロモーションを手伝ってくれたという。

 小鹿会長も大相撲出身とあって「俺は三段目が最高だったけど、最後の名古屋場所(63年)には「金沢からすごい学生が出稽古に来る」と噂になってね。それがまだ高校生(金沢高校)の輪島だった。いやあ強かった。幕下の兄弟子と稽古してた記憶があるけど全然力負けしてなかった」と意外なエピソードを披露した。

 全日プロ入り後も「大相撲出身者が何人もいたけど、幕内経験者には遠慮している部分もあったね。俺はよく一緒に食事に行ったりプロレスの相談を受けたけど、いつも笑ってたなあ」。

 最後にあったのは90年代初頭の横浜市。約30人の女性を引き連れた大男が街頭を歩いてきてギョッとすると、大男は「お~い、小鹿さ~ん」と手を振ったという。それは輪島さんだった。

「やはり日大相撲部出身のコネクションはすごくて、あちこちで講演会をしていると。その日は日大の(職員の)夫人会を対象にした講演会が終わった直後だったらしい。いかにも元横綱らしくさっそうとしていたね」

 現在、本紙に遺言(月曜〜木曜、社会面で連載中の『極道の遺言』)を語り始めたばかりとあって、最後には「早過ぎるぞ、このバカヤロー!」と目を真っ赤にして叫んだ。

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