3・11あれから7年…心の復興を 鈴木俊一東京五輪・パラ担当大臣が語る五輪のレガシー

2018年03月10日 11時00分

2020年に意気込む鈴木大臣

【東スポ2020現場最前線】甚大な被害をもたらした2011年3月11日の東日本大震災から7年――。東北各県の被災地は復興しつつあるが、いまだ道半ばだ。そういう意味でも、20年に東京五輪・パラリンピック大会が開催される意義は大きい。そこで本紙は被災地の一地域となった衆院岩手2区(陸前高田市、釜石市など)選出の鈴木俊一東京五輪・パラリンピック担当大臣(64)にインタビューを敢行。鈴木大臣が考える「復興五輪・パラリンピック」、そして今大会のレガシーとは何かを聞いた。

 ――東京五輪まで残り2年半。17年に東京五輪・パラリンピック担当大臣になりましたが

 鈴木大臣:(以下、鈴木)五輪招致の段階から「復興五輪・パラリンピック」というテーマがありましたので、ハマリ役だったのではないかと思っています。被災地出身の私だからこそできることがある。

 ――東京都との連携は

 鈴木:小池(百合子)都知事は、小泉内閣で私の次に環境大臣を務められた。気心は知れています。

 ――安倍首相からの指示は

 鈴木:一つ言われたのは、サイバーテロ対策ですね。東京大会の前年にはラグビーW杯もありますし、安倍首相からは「しっかりやって成功させてほしい」と言われました。

 ――サイバーセキュリティーは喫緊の課題

 鈴木:これは国が主体となって対策しなければならない問題です。最近も事件になっていますが、国際的に注目が集まるイベントはターゲットにされやすい。飛行機の管制システムを壊されれば大変なことになりますからね。実際、16年リオ大会でもサイバーアタックが相当あったようです。防御しきったようですが、東京大会も万全の態勢で臨まなければなりません。

 ――復興五輪・パラリンピックと言われているが、被災地の状況は

 鈴木:進んでいますが、被災の程度によっては時間がかかっているところもあり、バラつきがありますね。ただ、形があるものは時間と予算をかければ元に戻る。問題なのは被災者が各地に避難したため、地域コミュニティーがなくなっていること。例えばお祭りです。お祭りは、その地域の方の心のよりどころだったりするんですよ。そのあたりのケアは必要ですね。

 ――だからこそスポーツの力で一つにするという面も

 鈴木:おっしゃる通りです。東京大会はみんなが関心を持って参加することが大切。オールジャパンで関わることで国民の団結力も増します。1964年の1回目の大会もそうでした。みんながテレビにかじりついて応援していましたから。

 ――復興五輪をテーマに掲げているが、その意味合いがあまり伝わっていないのでは

 鈴木:確かに、人々の関心が風化するのではないかと否定的な意見もあるのは承知しています。ただでさえ資材の高騰や人手不足なのに、関連施設の建設に取られてしまいますからね。でも、野球・ソフトを福島県でやったり、大会を機に復興を世界に発信すれば、国内外から注目が集まる。大会が成功するために復興が加速する面があるのを忘れないでほしい。そして復興が加速すれば大会も成功するんですよ。

 ――そのスパイラルをつくる

 鈴木:今大会でレガシーにしたいのは共生社会です。それは体が不自由な方や性的マイノリティーだけではありません。被災者も含めての共生です。3・11でボランティアを経験された方は、その精神が東京大会のボランティアにも生かされるでしょう。すべてがつながっての共生であり、復興五輪・パラリンピックだと思っています。

 ――印象に残っている大会は

 鈴木:やはり1回目の東京大会ですよ。当時、小学5年生だった私は国立競技場に開会式を見に行ったのを覚えています。

 ――大会時、父親の鈴木善幸元首相は官房長官だった

 鈴木:池田勇人内閣でした。あの時、池田首相は喉頭がんを患っていましてね。もちろん、オヤジはすべて知っていたんですが、大会に水を差したくなかった首相は「国民的行事が終わるまで総理を続ける」と語っていたそうです。だから終わって即退陣したはずです(閉会式翌日となる64年10月25日に退陣)。

 ――2代にわたって大会に関わる

 鈴木:もともとオヤジが政治家を志したのも実は被災がきっかけなんですよ。大津波は何百年に一回と言われますが、三陸は3回来ている。1896年の地震、1933年の昭和三陸地震、そして3・11です。33年当時、三陸は経済恐慌に冷夏が重なり、田舎は疲弊していました。そんなときに津波が追い打ちをかけた。3日間被災地を歩き回ったオヤジは、親を失ってぼうぜんとしている子供を見て「政治家になろう」と志したそうです。

 ――不思議な巡り合わせだ

 鈴木:そういう意味でも、私も大会成功のためにまい進するつもりです。

 ☆すずき・しゅんいち 1953年4月13日、東京都生まれ。岩手2区選出の衆院議員。早稲田大学教育学部卒業。90年に衆院議員初当選。厚生政務次官、厚生労働委員長などを務めた後、2002年に第1次小泉改造内閣で環境大臣に就任。12年には第2次安倍内閣で外務副大臣となり、17年第3次安倍第3次改造内閣から現職。父は第70代内閣総理大臣の鈴木善幸。麻生太郎財務大臣は義兄。