本紙記者が見た“平尾神鋼”の真実「釜石のV7に挑戦するなんて愚の骨頂」

2016年10月21日 16時25分

1991年、三洋電機を破り3連覇を達成した神戸製鋼(下段右から2人目が平尾さん)

【平尾誠二さんを悼む】「あの平尾さんがノックオンせえへんで、よく捕ってくれましたわ」

 日本ラグビー史上に残る名勝負の一つ、1991年1月8日の全国社会人大会決勝(東京・秩父宮)。神戸製鋼が三洋電機を相手に後半ロスタイムに逆転トライの劇的勝利で3連覇を飾った試合で、選手たちからそんな言葉が聞かれた。

 ここで負ければ後々の日本選手権7連覇はなかった試合。12―16で時計はロスタイム2分が過ぎて敗色濃厚だった形勢を変えたトライは、平尾さんからパスを受けたWTBイアン・ウィリアムスが決めた。これで追いつき、ゴールキック成功で18―16としてノーサイドの笛が鳴った。

 自陣左サイドのラックから神戸は右へ展開。インサイドCTB平尾さんへの飛ばしパスはショートバウンドした。ノックオンなら試合終了の可能性も。前出の選手らによると実は平尾さんは体が硬く、足元でバウンドするようなパスの捕球は必ずしも得意ではなかった。そのため周囲はヒヤリとしたのだが、落とさずキャッチした平尾さんの“ラストパス”がトライをアシストした。

 頭脳明晰にして柔軟、華麗なプレーで知られるラグビー界の貴公子にそんな“弱点”があったとは私も知らず、意外に思ったことを覚えている。

 その前年、日本選手権V2の際は新宿のホテルで祝勝会途中の平尾さんを半ば強引に宴会場から呼び出し、独自取材をさせてもらった。祝杯で顔を赤らめていた平尾さんは「記録を作りたいなんて全然思わない。僕たちはラグビーそのものに挑戦している。釜石のV7に挑戦するなんて愚の骨頂」と言い放った。

 スポーツ紙は、「ミスター・ラグビー」松尾雄治が導いた新日鉄釜石の日本選手権7連覇の記録を“平尾神鋼”が塗り替えるのではという構図を描いていた。そんな見方を平尾さんはあっさりと否定。ありがちな考えを超越した思考こそが平尾さんの強みだった。

(元ラグビー担当・渡辺学)