平尾誠二さん V8逃がした際には「震災のせいにするな」と一喝

2016年10月21日 16時25分

1996年のサントリー戦、相手のタックルをかわし突進する平尾さん(中央)

 ラグビー日本代表の主将と監督も務めた神戸製鋼ゼネラルマネジャーの平尾誠二さんが20日、53歳で死去した。日本ラグビー史上屈指のスター選手は、2019年に日本で開催されるW杯を待つことなく、あまりに早く旅立った。

 神戸製鋼のプロップで日本代表キャップ49回を誇る山下裕史(30)は「ずっとお会いできてなかった。ジーパン姿が似合う、おしゃれでかっこいい人でした。僕らがストレスなくラグビーに専念できるのも平尾さんが、やりやすい環境を作ってくれたから」と偉大な先輩に感謝し、「『人様から見られるので紳士たれ』とおっしゃっていたのを覚えている。もう怒ってもらえないのは残念です」との心情を吐露した上で「この先も一つひとつ勝っていくしかないですね」と、現在6勝1敗で3位につけるトップリーグでのさらなる躍進を誓った。

 神戸製鋼のチーム関係者によると、この日は午前中に練習があり、一度解散したが、午後2時に再び選手らが集められ、訃報が伝えられた。

 平尾さんは現役時、1988年~94年度の全国社会人大会と日本選手権V7に貢献。だが、V8に挑む翌シーズン、阪神・淡路大震災が発生。神戸に拠点を置くチームは満足な練習環境に恵まれない中で迎えたシーズンを負けなしで乗り切ったが、最後の試合でサントリーと引き分け、トライ数の差で夢は絶たれた。

 当時の平尾さんを知る関係者は「連覇ができなかったことを『震災のせいにするな。震災のせいにしたら、このチームは一生立ち直れない』とおっしゃってたのが印象に残ってます」と明かした。

 また、平尾さんは日本代表の監督も務めた。様々なチームから選手やスタッフが集まる代表監督は、人知れず苦労もあっただろうが、関係者は「そういうのを表に見せない人だった」という。その上で「人一倍勝つことにこだわりを持ってる一方で、人のことをちゃんと見て、気配りする繊細な一面もある人でした。だからこそ、選手をうまくまとめあげていたんだと思います」と話した。

 芸能界からは、交友歴が長い女優の賀来千香子(55)が「家族ぐるみのお付き合いをさせていただいておりますので御訃報をお聞きし、悲しみで一杯です。ご冥福を心よりお祈り申し上げます」と追悼のメッセージを寄せた。

 また大阪・初芝富田林高時代にラグビー部主将を務めたお笑い芸人のケンドーコバヤシ(44)も「青春の道標となっていただいた方でした。凄くさみしいです。お悔やみ申し上げます」と平尾さんの早すぎる死を悲しんでいた。

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