上田昭夫さん葬儀に慶大OBが集結 天国で盟友と“再会”へ

2015年07月28日 16時00分

上田さんのひつぎを運び出す慶大OBら

 天国で心ゆくまで交流を――。代謝性疾患アミロイドーシスのため23日に62歳で死去した、元ラグビー慶大監督でニュースキャスターとしても活躍した上田昭夫さんの葬儀ミサ・告別式が27日に都内の教会で営まれ、慶大ラグビー部OBら400人以上が故人を見送った。ラグビーへの情熱を燃やし続けた上田さん。親族はその親友の名を挙げて、“再会”に触れた。

「きっと久しぶりに石塚さんと再会して、休む間もなくラグビーの話をして、乾杯しているのではないかと思います」

 大聖堂で執り行われた告別式で、喪主の妻・順子さんに代わってあいさつした娘の喜子さんは、元日本代表FWで2009年8月に突然死症候群のため57歳で世を去った石塚武生さんと父の天国での対面に言及した。

 石塚さんは現役時代に「タックルマン」の異名で早大やリコーで活躍し、伊勢丹や早大、高校で監督も務めた。慶大の上田さんとは同期で4年時にはともに主将を務めた仲だった。

 茨城・常総学院高校の監督時代、合宿を終えて帰宅した翌日、帰らぬ人に。上田さんはブログで「盟友」という言葉を使い「寂しいです。辛いです」と思いをつづった。

 石塚さんも上田さんについて、「心が許せる友人」と日本ラグビー協会の関連サイトに書いている。上田さんは「石塚の意志を継ぎ」、茨城の少年院でラグビー指導を行っていることもブログに書いている。

 早慶でライバルとして相まみえ、ノーサイドを経て盟友に。そんな2人の天国での交流再開を親族は願う。

 元日本代表で指導者でも成功した人では、7回のW杯を通じて日本の唯一の勝利(1991年ジンバブエ戦)を監督として挙げた早大OBのSH宿沢広朗さんも06年、登山の最中に心筋梗塞で急逝している。当時55歳。ラグビー界は有為の人物を病魔に奪われ続けている。