【ハンガリー・ブダペスト29日(日本時間30日)発】衝撃デビューだ! 柔道の世界選手権2日目、男子66キロ級で阿部一二三(20=日体大)が初出場で金メダルに輝いた。公約としていたオール一本勝ちでの優勝こそならなかったが、6試合中5試合で一本勝ち。世界の強豪を次々に打ち破り、新時代の到来をアピールした。2020年東京五輪では「絶対エース」として期待される柔道界の星はいかにして生まれたのか。“怪物誕生”のルーツと秘話に迫った。

 圧巻の内容だった。迎えたプリャエフ(ロシア)との決勝戦。阿部は豪快な袖釣り込み腰で一本勝ち。「今日は落ち着いて自分の柔道ができた。一本も取りにいけたので、内容も自分の中でもすごいよかった」。その視線は3年後の東京五輪をはっきりと捉えた。

 日体大柔道部の山本洋祐部長(57)をして「10年に1人の逸材」「柔道をするために生まれてきた男」と言わしめる非凡な才能を持つが、最初から勝てたわけではない。強くなったのは小学校5年の時、恩師の松本純一郎氏(49=夙川学院高監督)と出会ってからだ。松本氏が阿部に教えたのはパワーに頼らない基本に忠実な柔道だった。「立った柔道、背中に担ぎ上げた、潰れない柔道ですね」。子供のころから消防士の父・浩二さん(47)が考案した独特の“消防士トレ”で体幹は鍛えられていた。そこに柔らかな柔道が加わり、阿部の土台が出来上がる。

 高校は数多くの名門の誘いを尻目に、地元の神港学園高に進学した。古豪ではあるものの、強豪校ではなかった。「あの時、みんなに言われました。『神港なんか行ったら潰れる』って」(松本氏)と根も葉もない風評も立てられた。

 しかし、怪物にとってはこの選択がさらに“覚醒”する要因になった。試合前になると、柔道部の信川厚監督(52)はすべての練習を“阿部シフト”に変えたのだ。「全員練習をやめて、阿部だけの練習をさせた。強豪校ならみんな(で練習を)やらなきゃいけないから、そうはいかない」。打ち込みや投げ込みの相手、トレーナーまですべてを阿部のペースに合わせた。

 仲間のサポートを受けることで、阿部は精神的にも成長。「最初はやんちゃ坊主の面もあったけど、そういう面も見せんようになった」(信川氏)。高2で出場したグランドスラム東京大会で、世界選手権3連覇の海老沼匡(27=パーク24)を破る大活躍を見せた。

 日体大に入っても、阿部は1年時から雑用を免除され、1人部屋の特別待遇だ。ただ、それに甘えることは決してない。相手の研究の上をいこうと努力を重ね、技の幅を広げた。乱取りでリオ五輪73キロ級金メダルの大野将平(25=旭化成)の胸を借りているのも、世界選手権や五輪の決勝を想定してのことだった。

 昨年12月のグランドスラム東京大会、阿部はリオ五輪金メダルのファビオ・バシレ(22=イタリア)に言った。「東京まではあなたがチャンピオンだ」。阿部流の宣戦布告だった。オール一本での優勝は来年に持ち越しとなり「そこは決め切れなかった自分が甘い」と反省も忘れない。3年後、いや、さらにその先の五輪連覇に向け、怪物伝説が幕を開けた。

☆あべ・ひふみ=1997年8月9日生まれ。兵庫県出身。兵庫・神港学園高2年時の2014年に男子史上最年少の17歳2か月で講道館杯全日本体重別選手権を制覇。同年ユース五輪金メダル。全国高校総体は15年まで2連覇。16年グランドスラム(GS)東京大会優勝。17年は全日本選抜体重別選手権で2連覇。GSパリ大会優勝。世界ランキング4位。得意は背負い投げ。168センチ。