斉藤さん 大胆な意見もあった“ピンク柔道着”提案

2015年01月21日 11時00分

明るく気さくな一面もあった斉藤さん(2013年3月)

 54歳の若さで亡くなった斉藤仁先生(享年54)は日本柔道を救った英雄とは思えぬ、気さくな一面も持ち合わせていた。柔道会場で斉藤先生がウロウロしていたので「どうされたんですか?」と声を掛けたことがある。すると、脂汗を流しながら「いやさ、オレは両ヒザがダメでさ。和式トイレだと入れないんだよね。どこかに洋式あるか知らない?」。

 あるとき、当時導入されていなかったカラー柔道着について全日本のコーチ陣と議論になった。そのころの日本柔道の立場は「カラー反対、柔道着は伝統の白」だったが、斉藤先生は意外にもカラーOK派。酒の席ということもあって「女子はピンクの柔道着がいい」などと大胆な意見も。他のコーチから「ジン、それは言いすぎだ。(記事に)書かれるぞ」と言われても「これは柔道普及のためなんですよ」と譲らなかった。また、斉藤先生から「ちょっと聞きたいことあるんだけど」と真顔で言われたことがあった。記事へのクレームか内心ビクビクしていると「猪木さんってどんな人なの? サウナで声を掛けられたオジサンから『今度猪木さんに会ってほしい』って頼まれてさ」。サウナで近寄ってきたオジサン…は誰だか分からなかったが、とりあえず説明するしかなかった。

 柔道界には何事も伝統第一、とかく真面目でお堅いムードがあったが、斉藤先生の一途さと明るさが現場の空気を救っていたような気がする。そんな先生がいなくなるとは柔道界にとっても大きな痛手。寂しいし本当に残念でならない。合掌。

 (運動部デスク・初山潤一)