【東京五輪 祭典の舞台裏(1)】東京五輪柔道男子66キロ級で阿部一二三(23=パーク24)、女子52キロ級で妹の詩(21=日体大)が金メダルを獲得。男女のきょうだいが同日に頂点に立つのは史上初の快挙となった。だが、コロナ禍で1年延期となった大会までの道のりは平坦ではなく、特に一二三は昨年12月に代表権をかけたワンマッチに臨むなど厳しい日々を送っていた。東京五輪を振り返る連載「祭典の舞台裏」の第1回は〝最強兄妹〟を陰で支えた栄養管理の専門家を取材。金メダルへ導いた「食の革命」とは――。

 史上初のきょうだい同日金メダル。一二三は淡々とした表情を崩さず、詩はガッツポーズで喜びを表現した姿が印象的だった。頂点に立つまでには本人の努力はもちろんのこと、専門家の「食のサポート」も欠かせない要素の一つだった。味の素ビクトリープロジェクトの栗原秀文シニアディレクター(SD=45)が振り返る。

 栗原SDと2人の出会いは昨年3月。母・愛さんに「このままの食事でいいのか」「栄養をどうしていけばいいか教えてほしい」などと相談を受けたのがきっかけだったという。当時、詩がすでに代表に内定していたのに対し、一二三は出場を決めていなかった。その後、同年12月に丸山城志郎(ミキハウス)と代表権をかけたワンマッチの実施が決定。栗原SDは一二三の栄養管理に着手した。

 栗原SDがまず考えたことは「いかに69キロの体をつくっておくか」ということだった。66キロ級の一二三は前日計量を通過すれば、試合当日は5%増の69・3キロまで認められる。

「たとえば1か月かけて66キロに減量しようとすれば(エネルギーの)摂取量が減り、タンパク質を分解してエネルギーに変えてしまうことがあります。その期間は筋肉をぶっ壊し続けているんです。そして最後は頭打ちになって抜くものがなくなり汗をかくだけの練習になってしまう。でも、69キロで筋力を維持してエネルギーが入っている状態をつくり、直前で3キロ減量すれば練習の質も落ちないんです」

 栗原SDによると、試合当日を想定した69キロの体づくりは本番1か月前から開始。直前の3キロ減量は、なんと試合3日前からで間に合ったという。さらに「これまで焦ってサウナや半身浴で減らそうとしたこともあったようです。しかし、(3日前からの減量は)通常の2~3割の食事量で練習中に目標値を下回って65・8キロになることもありました。『じゃあ摂取しようか』となったりしましたね」と明かした。

 次に重要なのが前日計量から試合当日までに3キロ増やすための回復食。計量直後は「胃がキリキリした状態」(栗原SD)のため、うま味成分を含んだ温かいカツオだしのスープを飲ませて胃腸を動かした。栗原SDは「そうすると『腹減った』となるんですよ。案の定、一二三君もそうなったんですけど、ゆっくり食べるように言ってもすぐに食べてね(笑い)」。気になるメニューは野菜やたんぱく質が多く入った「体コンディショニング鍋」に加え、一二三が好物のギョーザを低脂質、高炭水化物の「エナジーギョーザ」として提供。こうして万全の状態で代表権獲得を〝アシスト〟した。

 この体づくりは今春のグランドスラム(GS)アンタルヤ大会(トルコ)、東京五輪と続いた。ちなみにGSは海外だったため、回復食として1枚5000円以上するウナギの真空パックを送ったとか…。

 緻密な計算の体重管理について、栗原SDは「69キロのバケツから計量前に3キロの水をジャーッと抜くような。〝バケツ作戦〟ですね」。表彰台の頂点に立つまでに食事の意識改革も一役買っていたようだ。