【ロシア・チェリャビンスク27日発】柔道世界選手権3日目は、大会連覇を狙った大野将平(22=旭化成)と、ロンドン五輪金メダルの松本薫(26=フォーリーフジャパン)が相次いで敗れる波乱があった。だが男子73キロ級はロンドン五輪銀メダルの中矢力(25=ALSOK)が国内ライバルの台頭や手術を乗り越え、3年ぶり2度目の優勝を飾った。

 逆風をまとめて一掃する会心の一本だった。決勝の相手は北朝鮮のホン・ククヒョン。スタミナで押した中矢は3分26秒、力ずくの小内巻き込み一閃。「久しぶりに世界の頂点に立ててうれしい。大野が負けたので、日本の73キロ級は世界一を取らないといけないと思って頑張った。この優勝は大きい」。冷静な男が珍しく感情をあらわにした。

 悪夢を振り払った。昨年の世界選手権、準々決勝で敗れた中矢は脳振とうで担架送りにされた。さらに、初出場の大野が金メダルを獲得。世代交代の波が急速に押し寄せ、主役の座も奪われた。勝負の年――。意を決した中矢に頼もしい味方が増えた。5月に中学時代の同級生との結婚を発表。生涯の伴侶を得た中矢は6月に頸椎間板ヘルニアを手術し、世界選手権に照準を絞って調整した。敗戦で初心を取り戻すこともできた。「プレッシャーよりチャレンジャー精神でやっていける。二度の過ち、同じ失敗はしない。同じ場面になっても工夫して最後まで攻め続けるようにしたい」。不完全燃焼だった悔しさを初戦から畳でぶつけた。

 中矢一家も全面バックアップ。11月に予定する第1子の出産を控え、日本で見守る愛妻からは出発前「試合が終わったら見て」と“謎の手紙”を渡された。さらに中矢には、とっておきの“魔よけ”もあった。それは会場に駆けつけた親が持参したお守り。「自称『最強のお守り』らしいです」。効果は抜群で、災いの神が姿を現すことはなかった。

 井上康生監督(36)は「すべてギリギリの戦いだったが、我慢を貫き通した。身上である競り合いの強さを発揮した」と底力をたたえた。大野との差はわずか。マッチレースは続く。しかし、中矢は先輩の意地でまた一歩、前に出た。