戦友・小川直也氏が語る古賀稔彦さんの思い出「酒が大好きで銀座に遊びにいったなあ」

2021年03月24日 20時59分

小川直也氏

 柔道のバルセロナ五輪男子71㌔級金メダリストで〝平成の三四郎〟こと古賀稔彦さんが24日朝、53歳で死去したことを受けて、同五輪95キロ超級銀メダルの〝元暴走王〟小川直也氏(52)が本紙の取材に応じ、ライバルで戦友だった古賀さんの思い出を語った。

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 まだ心の整理が全然ついていないんだけど、気さくな人だったね。誰にでも冗談言いながらしゃべるやつだったよ。

 彼が現役のとき「お前はいいよな~」とよく言われたよ。「オレは試合前に体重というクリアしないといけないプレッシャーがあるんだよ。お前にはわかんないだろ」と減量について力説していたな。重量級のオレは「それはわかんないな~」といつも答えたよ。

 柔道では本当の意味での〝柔よく剛を制す〟を実証した男だった。今だったら体に負担がくるので、やらないよ。高校(世田谷学園)では小兵ばかりだったのに、全国制覇した。(柔道私塾)講道学舎で、柔道の醍醐味を叩き込まれたんだろうね。ああいう背負い投げをやる選手はもう出てこないよ。

(1990年4月の全日本選手権決勝が)唯一、彼との試合。乱取りでもやったことないから、あれが最初で最後だった。後で「小川に気持ちで負けたのがショックだった」と言われたけれど、オレも「古賀だけには負けられない」と必死。その気持ちがあったからやってこれたと思う。あいつはどう思ってたか知らないが、その気持ちはずっとあったよ。

 現役のころは同じ部屋に強化選手みんなで集まって、同じ時間が長かった。和気あいあいで、チームでやっていたな。あいつともよく酒を飲んだ。九州男児だから、お酒は大好き。「柔道部物語」で有名な漫画家、小林まこと先生を交えて銀座に遊び行ったなあ。

 少年柔道の指導者として顔を合わせる機会が多くなったけれど、彼は子供が柔道をやれる機会をつくってあげていた。一生懸命、子供たちに教えていた姿を見たし、大学でも学生に教えていた。柔道普及の活動もいろいろやったのはすごいと思うよ。

 最後となった会話で「お見舞いに行きたい」と告げたら「お前には見せられる体じゃない。良くなったらね」と言われていた。今、思えばオレには弱いところを見せたくなかったのかな。最後まで「強い稔彦」でいたかったんだろうね。

 まだ53歳。いくら何でも早すぎる。でも、あいつとはいろいろ話せたし、感謝だよ。心からご冥福をお祈ります。

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