伏兵Vの裏に亡き破壊王――。8月の世界選手権(ロシア・チェリャビンスク)の最終選考会を兼ね、体重無差別で柔道日本一を争う全日本選手権(29日、東京・日本武道館)は100キロ超級の王子谷剛志(おうじたに・たけし=21、東海大)が初優勝を飾った。決勝で優勝候補筆頭の上川大樹(24=京葉ガス)に豪快な大外刈りを炸裂させ、一本勝ち。誰もが驚く大番狂わせの結末となったが、不振の続く重量級に現れた「新星」には意外な男の“魂”が乗り移っていた。

 絶好調の上川が2、3回戦を一本勝ち。準々決勝は反則勝ちだったが、準決勝も一本勝ちで決勝進出。王子谷は冷静に勝機を待っていた。そして、試合前に立てた作戦が的中する。「前半に勝負にいくと大外返しがある。後半で相手が疲れた時、一撃を食らわすんだ」――。156キロにまで増量し、スタミナのなくなった上川は動きが鈍る。王子谷はそのスキを見逃さず、4分18秒、上川の巨体を豪快に畳に叩きつけた。

 大学1年で世界ジュニア2連覇を成し遂げた王子谷は、かつて同学年のライバル、原沢久喜(21=日大)を圧倒していた。しかし、その後は立場が逆転。代表争いでも原沢や上川に注目が集まり、王子谷には日の当たらない日々が続いた。

 この日は準々決勝で原沢も撃破。「悔しい思いがあった」と反骨心が燃え上がった。東海大勢の全日本優勝は2001年の井上康生監督(35)以来の快挙。その井上監督の若かりし日の雄姿が強さの源だ。「お父さん(高次さん)がすごい柔道好きで、井上先生のビデオを何十回と見させられました」(王子谷)。井上監督には大会前に食事に誘われ、アドバイスも受けた。

 さらに、王子谷にはとっておきの“秘密兵器”があった。それは決勝直前までヘッドホンで聴いていた音楽。「ちょっと恥ずかしいんですけど…橋本真也さんの『爆勝宣言』なんです。最近は聴いていますね」。柔道出身のプロレスラーで「破壊王」の異名をとった故橋本さんの入場テーマ曲で闘志を高めていたのだという。

「後輩にプロレス好きなヤツがいて、プロレスの曲いいなみたいな感じで探してたら、橋本さんのがあった」。王子谷自身、橋本さんの試合を観戦したことがあるわけでもない。動画サイト・ユーチューブでチェックした程度だった。

 しかし、プロレスファンの間でも絶大な人気を誇る「爆勝宣言」はすぐに気に入った。何より、橋本さんの壮絶な戦いぶりに「やっぱ男だな」と心を奪われたという。その橋本さんが激闘を繰り広げた後、盟友になった暴走王・小川直也(46)の必殺技「STO」こと大外刈りで優勝を決めたのも、何かの因縁かもしれない。

 世界選手権(8月、ロシア・チェリャビンスク)代表には選ばれなかったが、2016年リオデジャネイロ五輪は十分、間に合う。「破壊なくして創造はなし!」は橋本さんが残した名ゼリフ。「破壊しちゃうと柔道はダメです…」と「柔道界の破壊王」襲名はやんわり拒否したものの、低迷の続く重量級に頼もしい新星の誕生となった。