【アゼルバイジャン・バクー21日発】ニッポン柔道に待望のニューヒロインが誕生した。世界選手権第2日の女子48キロ級で阿部詩(兵庫・夙川学院高)が初出場優勝を達成。男子66キロ級で兄の阿部一二三(21=日体大)も2連覇を果たし、日本初の兄妹同時Vの快挙を成し遂げた。しかも妹の詩は5試合オール一本勝ちの離れ業で優勝。18歳2か月での世界一は日本史上2番目の若さと記録ずくめとなったが、舞台裏では師との衝突という意外な“原動力”があった。

 圧巻の強さだった。初戦の2回戦、3回戦を袖釣り込み腰で連続一本勝ちすると、準々決勝は寝技で押さえ込み、準決勝は桜庭和志ばりのキムラロック(腕がらみ)で26秒殺。さらに日本人対決となった決勝では延長の末、昨年の世界女王、志々目愛(24=了徳寺学園職)を豪快な内股で投げ飛ばした。立って良し、寝て良しで、オール一本勝ちの初出場Vを成し遂げた。

 詩は「自分の進化、成長を周りにアピールできたかなと思う。すごく自信になる。(世界選手権初出場で)緊張はしたが、雰囲気にはのみ込まれなかった」と会心の笑み。女子日本代表の増地克之監督(47)も「初戦から気持ちを強く持ち、隙のない柔道だった。本当に頼もしい存在が出てきた」と待望の新エース誕生に声を弾ませた。

 一方、ここまでの道のりは決して簡単ではなかった。特にこの1年間はフラストレーションをため込んだ。詩は所属の松本純一郎監督(50)の方針で高校生の試合に限り“出場停止”を課されていたのだ。これは世界選手権に集中するための措置だったが、高校生としての活動に愛着のあった詩は不満を見せた。

 連覇のかかった3月の全国高校選手権、団体戦で争われる7月の金鷲旗にも当然、出場するものと思っていただけに「私も出せ」「私も団体戦の優勝メンバーに入りたい」「私が出たら絶対優勝する」と言いだし、松本監督と何度も口論になったという。「高校選手権の時は激しかった。ぐずって泣いてね…。『なんでや』ってケンカになった。選手としてはありがたいんですけど、試合は出さない」(松本監督)

 もちろん、“出場停止”には狙いがあった。松本監督は「52(キロ級)は世界チャンピオン(志々目)が同じ国にいる。勝って新旧交代をアピールしたい。気持ちをあちらこちらに向けないで、その試合にグッと詰めていくために出さなかった。世界選手権は甘くない」と明かす。

 詩はこの不満を世界選手権でぶつけて、志々目を圧倒してのV、松本監督の思惑は見事に的中したが、生徒と口論するなど師弟関係が強固な柔道界ではなかなかできることではない。松本監督をよく知る北京五輪男子100キロ超級金メダリストで格闘家の石井慧(31)はこう解説する。

「松本先生は僕が柔道を始めた道場でもともと先生をやられていた。大阪教育大学から来た先生で、練習の面、柔道の面で僕もお世話になった。教育大を出られたまさに“教育のカリスマ”でしたね。中学、高校、大学の指導は違っていて、生徒が若ければ若いほど指導者がしっかりしないといけない。多感な時期でもある中・高校生を教えるには本当の指導力がないとダメなんです。素質ある生徒と指導力のある監督のコラボレーション、化学反応があったということでしょう。まさに鬼に金棒、小川直也にSTOですね~」

“教育のカリスマ”との衝突、涙を乗り越えて引き寄せた金メダルは2020年東京五輪へと続く価値ある切符となった。